本ページでは、レコード針(カートリッジ)の形状と重さ(質量)が再生時の音色に与える影響や、ご自身のオーディオシステムとの組み合わせ時における注意点についての解説を行います。
最初に各カートリッジの特徴を述べた後に、この『アナログオーディオ大全』の他ページや弊社公式Youtubeチャンネルも交えて具体的な内容をお伝えします。
基礎的な内容の解説ページもございますので、先に「カートリッジについて Vol.1 基礎編」のお目通しをお勧めします。
カートリッジは、その設計思想や用途に応じて様々な形状をもちます。一見奇抜と思われるような形状をしたカートリッジも、実は確固たる目的や意図のもとに開発されているものが多くあります。
また、カートリッジは形状だけでなく重さ(質量)も機種やシリーズごとに異なり、軽いものではヘッドシェル込みで6g程度、重いものでは30g以上のものまで千差万別です。本項では、オルトフォンのもつ膨大なレパートリーから下記4シリーズ/モデルの製品をピックアップし、形状や質量でこれらのカートリッジの音色がどのように変わる傾向にあるかを解説してゆきます。
Ⅰ.SPUシリーズ(シェル含む自重28~38g程度)
Ⅱ.Concordeシリーズ(現行モデルの自重18~18.5g)
Ⅲ.2M Premountedシリーズ(シェル含む自重16.7g、目安値)
Ⅳ.MC Xpression(シェル含む自重28g)
なお、カートリッジ本体とそれを固定しているヘッドシェル部分の総称として、本項では「ヘッド部分」と書きます。本項で解説するカートリッジは、カートリッジ本体とヘッドシェルが一体構造となっているものも多く、こういった製品を指して「ヘッド部分」と表記することもありますのでご承知おきください。
ちなみに、この先の本文で挙げる各カートリッジのサウンドと傾向は、いずれもそのシリーズやモデルの持つ個性(キャラクター)であり、それぞれの優劣を示したものではありません。ご使用機材の組み合わせ方やカートリッジ取付先のトーンアームとの相性(特に質量面での)次第では、使用しているカートリッジの魅力を活かしづらくなることも考えられます。その一方で、それぞれの特性を理解し、相性の良いもの同士で組み合わせた場合はカートリッジとトーンアームの魅力や性能を最大限に引き出すことが可能となります。
そのためカートリッジの「形状」や「重さ」は、最終的にレコード再生時のオーディオシステム全体にも極めて大きな影響を及ぼします。本項をご参照頂くことで形状や質量面からみたカートリッジとその他機器の好ましいチョイスについての理解を深め、お互いの性能をより一層引き出せる組み合わせを見つけてゆきましょう。
オルトフォンのSPUシリーズといえば、「重厚」「芳醇」「骨太」なサウンドの代名詞といえるカートリッジだと認識されている方も多いことと思います。
本シリーズに特有の重厚で豊かなサウンドは、1950年代の登場以来レコードファンの憧れでもありました。またSPUで完成したMC型の磁気回路は「オルトフォン・タイプ」と呼ばれるようになり、シンプルかつ高性能、そして当時としては高いコンプライアンス(針先の動きやすさ)にも支えられ、SPUは今なお現行製品として多数のラインナップを擁しています。
また、SPUシリーズには角型のAタイプ・ヘッドシェルと水滴型のGタイプ・ヘッドシェル(上の写真)が存在します。両者の共通点は、一般のMC型カートリッジでは本体にあたるユニットとそれを支えるウェイトをシェルの先端(針先)側に配し、カンチレバーやコイルなどを含む振動系の支点直上付近に重心をもたせていることが挙げられます。
上図はSPUシリーズの磁気回路(発電機構)の基本的な構造を現したもので、先に述べた振動系の支点は円盤状のダンパーゴムの裏、ポールピースの先端付近にあります。その直上には、磁気回路の中で最大の質量をもつ強力なアルニコマグネットが配置されています。放送局やレコード会社におけるプレイバック・スタンダードとして開発されたSPUシリーズは、このマグネットとヘッドシェルに取り付けられたウェイトの質量に支えられ、様々な不安定要素を抱える現場でも針飛びを起こさずに安定してレコード盤をトレースすることができました。
重質量であることで、SPUシリーズは特有の「重厚」かつ安定感のある、腰の低いサウンドを最大の持ち味として現代にその魅力を伝え続けています。
また結果的にではありますが、磁気回路がヘッドシェル先端にあることで背後にMC昇圧トランスを直結させる(下図参照)ことも容易となりました。一般的なSPUシリーズは、磁気回路や振動系が組み込まれたユニット部分の直上やその付近に質量を得るためのウェイトが取り付けられていますが、SPU GTシリーズでは内蔵の昇圧トランスがこのウェイトの役目を兼ねています。
そのため、SPUシリーズはこういった歴史的背景や構造上の理由により多くのモデルでヘッド部分の自重が30gを超え、その最たるものでは38gに達します。
現代においてヘッド自重が30gを超えるカートリッジは希少な存在となりつつあり、これらの使用に際しては30g台の自重に余裕をもった対応が可能な、堅牢な機構と質量を備えたトーンアームの選択が必須となります。
上図はSPUと同時代に誕生した専用トーンアーム、RMG-309です。このトーンアームはSPUにあわせて開発されたといわれ、それ故に堅牢な機構という条件を必要十分に備えています。
ちなみに、SPUシリーズはアーム可動部の質量(実効質量)がショートに比べてパイプ長が伸びた分だけ増すロングタイプのトーンアームとの親和性が良い傾向にあります。また、現行カートリッジの中ではコンプライアンスが低めにつき、ダイナミック・バランス型トーンアームのバネを用いた針圧加圧方式との相性が良好です。
古くから「SPUにはロングのダイナミックアームが良い」と言われ続けてきた理由はまさにこれで、実効質量の大きい(重い)ロングアームでSPUの振動系およびダンパーを動作させる(音溝をトレースさせる)方が、現代においてはローコンプライアンスに区分されるSPUの性能を最大限に発揮させることができます。
そして業務用途を考慮して頑丈につくられたダンパーで支持されているアルミカンチレバーの発電効率を上げるためには、アーム可動部の質量が大きいことと合わせて重針圧を用いたダンパーへの適切な負荷が必要不可欠となります。SPUシリーズの適正針圧が3~4g程度であるのはこれを理由としており、さらにこの重針圧を印加する際にはバネの力によって常に一定の針圧を維持可能なダイナミック・バランス型トーンアームの使用が望ましいといえます。
30gを超える自重と重針圧が生み出す「重厚」な音色は、本稿の表題であるカートリッジ質量と音色との関係性を述べるにあたって最も明快な例のひとつでしょう。
SPUシリーズのように質量も針圧も「重い」針でレコードをかけると、スピーカーからの再生音に量感をもたせることが可能です。
先に述べたSPUシリーズの対極といえる構造をもつカートリッジが、オルトフォンのConcordeシリーズです。
このカートリッジが目指したものは、レコード盤に刻まれた音声信号をより「正確」にピックアップすることです。先に述べたSPUシリーズも目指すところは同じでしたが、1960年代末から1970年代にかけての間にレコードの録音・再生技術は飛躍的に向上し、それまでとは比較にならない程に広い周波数帯域での再生が望まれるようになりました。
特に人間の可聴帯域よりもはるかに高い周波数の再生を行う場合、カンチレバーやダンパーを含む振動系や、またカートリッジのボディハウジングに要求される条件はより一層厳しいものとなります。振幅が極めて狭い高周波数の音溝をトレースするためには、これに追従可能な高感度の振動系が必要不可欠となり、カートリッジ本体を含めての軽質量化、軽針圧化が進む一因となりました。
この流れは時代が下るにつれて加速し、1970年代から80年代初頭にかけてのカートリッジはローマス(軽質量)・ハイコンプライアンス(針先が動きやすい)を指標として設計されたものが大多数を占めます。オルトフォンもこの流れに沿い、SPUシリーズのさらに先をゆく新時代のカートリッジ開発に邁進していました。
上の写真で示したように、一般的なカートリッジは振動系の直上(針先側)にボックス状のハウジングをもち、その中にマグネットやコイルなどの大きな質量をもった部品が配置され、更には平板状のヘッドシェルに取り付けられています。この方法はカートリッジをヘッドシェルに取り付ける際の汎用性を保つためには必要不可欠なものですが、これがヘッド部分先端側の更なる軽質量化へのネックとなっていたことも事実です。
オルトフォンはローマス・ハイコンプライアンスという理念の究極を追求した結果、カートリッジ本体とヘッドシェルを一体構造としてこのボトルネックを解消し、ハウジング形状の自由度向上を試みました。その結果、この「究極」へのひとつの回答として誕生したのがConcordeシリーズです。
特徴的な外観をもつこのシリーズは、ボディハウジングがヘッド部分の根元側から先端に向けて角錐状となっています。そのため、振動系の支点(上図ではダンパーの位置)が存在するヘッド部分の先端側は角錐の頂点付近となり、ヘッド部分全体のなかで最も質量が小さい(軽い)部分となります。
また、磁気回路の中で最も質量をもつ(重い)コイルは支点となるダンパーの背後に位置するため、振動系の支点直上には大きな質量(重量物)がありません。このため、支点部分にかかる荷重のほとんどは針圧のみとなります。針先側の質量が最低限となることで、カンチレバーの動作という点だけでなく質量においても「正確」なトレースを可能としました。
そのため、Concordeシリーズの音色は先に述べたSPUシリーズのような重厚さをもちませんが、レコード盤面の音溝に刻まれた音声信号を極めて忠実にピックアップすることができます。再生音の定位感、空間表現、高音域・低音域を問わない高解像度などといった、Hi-Fidelity(ハイ・フィディリティ、高忠実度。Hi-Fiの語源)な要素を求める場合にはその真価を存分に発揮することでしょう。
上の写真は、オルトフォンが1979年に発表したConcorde 30です。本機のヘッド部分の自重は6.5gと極めて軽く(現行Concordeの自重は18~18.5g)、当時主流であった軽質量カートリッジ用のトーンアーム(例:英SME社のSME 3009 Series Ⅱ improvedなど)と組み合わせることで最大限の性能を発揮しました。
これのさらなる発展形として、当時の軽質量専用トーンアームの代表例であった英SME社のSME3009 SeriesⅢ(ヘッドシェル・アームパイプ一体型)での使用を前提としたSME 30H(上の写真)も開発されました。カートリッジ・ヘッドシェル・アームパイプまでが一体となった製品はオルトフォンでは前例がなく、ローマス・ハイコンプライアンスの極限と、その理想的なあり方のひとつを示した製品として世の注目を集めました。
ただ、これらのモデルはカートリッジ・トーンアーム共に相互の汎用性が低く、軽質量な専用品同士でないとその真価を発揮することが難しいという弱点がありました。この弱点への対策を施し、最新の技術や知見を盛り込んで汎用性を高めたモデルが2024年に発表されたConcorde Musicシリーズです。
Concorde Musicシリーズは、かつての軽質量なモデルに比べ質量が追加され、ヘッド部分の自重は18gとなりました。振動系を支持するダンパーも本シリーズ専用に新規設計され、Concordeの持ち味である「正確」さを損なわずに汎用性が広がり、また質量増加に伴って旧モデルよりも再生音の量感が向上しています。良好な定位感と空間表現力、高解像度を旨とするConcordeに、SPUを感じる要素がまるで隠し味のように加わったと考えると興味深くもあります。
2M Premountedシリーズは、MM型カートリッジの2MシリーズをSH-4ヘッドシェルにあらかじめ取り付け(プリマウント)した製品です。
カートリッジ自重が7.2gと軽質量な2Mシリーズに、同じく軽量なSH-4を取り付けることでトータルの自重を16.7g(目安値)とし、様々なトーンアームへの対応を容易としました。
本シリーズの重心位置は、先述のSPUシリーズや一般的なカートリッジと同様に振動系の支点直上(カートリッジ先端側)にあります。よって、本シリーズ(および一般的なヘッドシェル付きカートリッジ)の音色は、Concordeシリーズよりは若干SPUシリーズに近い傾向をもちます。ただ、カートリッジとヘッドシェルをあわせた自重は現行のConcordeシリーズよりも軽量なため、トーンアームとの組み合わせを意識した場合は軽針圧・軽質量なカートリッジに対応した感度の良いショートアームとの組み合わせが望ましいところです。
なお、Premountedシリーズは本稿で取り上げた製品のうち、唯一ヘッドシェルとカートリッジ本体の分離を可能としています。
本シリーズの付属シェルSH-4は自重9.3g(目安値)ですが、ご使用トーンアームの対応自重に余裕があり、かつご自身のシステムから再生されるサウンドにもう少し安定感や量感・重厚感が欲しいと感じた場合は、SH-4以上に重量のあるヘッドシェルに交換することでこれを解決させ、再生音をアップグレードすることが可能です。
これはヘッドシェル交換が可能な本シリーズ(および一般的なカートリッジ)だからこそ可能なテクニックで、「ヘッド部分の質量を増すことで、スピーカーからの音色に重厚感をもたせる」というSPUシリーズのそれと基本的な方法は共通です。本稿の冒頭で述べた「質量(重さ)で音が変わる」例のひとつとして理解しておくとよいでしょう。
ただ、軽質量・軽針圧を前提としたカートリッジ(特にMM型)に対し、極端に重いヘッドシェルを取り付けると音色が重厚を超えて鈍重となり、そのカートリッジがもつ高音域のレンジ感や音色の繊細さなどといった利点が隠されてしまうケースがあります。そういった場合は、ヘッド部分の質量・針圧が当初から重いカートリッジを使用した方がよい結果を得られます。
ヘッドシェル一体型であり自重28gのMC Xpressionは、その値だけをみるとSPUシリーズに近い重質量のカートリッジです。カートリッジ本体とヘッドシェルを一体成型した黒色のボディハウジングは、ステンレス粉末をレーザー溶融して積層し、三次元的な成型を行うSLM(Selective Laser Melting、セレクティブ・レーザー・メルティング)という方式を用いて作製されています。そのため、ボディラインやハウジング内部での曲線の多用やパーツ一体化を可能とするなど、一般的な切削加工などに比べはるかに形状面での製作自由度が向上しています。
また、針先→シェルコネクターの根元(下図参照)までの長さを52㎜とし、SPUシリーズやConcordeシリーズと同一とすることでトーンアームにセットした際の両者との互換性も確保しています。
なお、ヘッド部分の自重こそ28gと重めですが、本機のハウジング先端は磁気回路の横幅と同程度まで絞られています(下の写真参照)。この意匠はデザイン上の理由もありますが、カートリッジの重心配置の観点から考えると、先に述べたカートリッジとの近似性が見えてきます。この点について、以下にその詳細を解説してゆきます。
まず、本機はカートリッジ自重の値からみると重質量に分類されますが、先端形状が絞られていること、また超小型の軽量な磁気回路を実現したことで、先端(針先)側の実効質量は大型の磁気回路をもつSPUシリーズやMC Diamondなどと比較すると極めて小さく(軽く)なっています。
上図はMC Xpressionと同形状の小型磁気回路(図の中央下部、ブロック状の部分)を搭載した、MC Jubileeの断面図です。先の項で挙げたSPUシリーズの磁気回路と比較すると、その体積は4分の1ほどまで小型化されています。このきわめて質量の小さい(軽い)磁気回路に支えられ、MC Xpression本体の重心位置はまるでConcordeシリーズのようにヘッドシェル後端(シェルコネクター)側に寄っています。
MC Xpressionの独特なハウジング形状は、この効果を狙ってデザインされたものです。Concordeシリーズのようにカートリッジ先端に向けて質量を小さく(軽く)したことで針先方向の実効質量を低減させ、その先端にはオルトフォンのテクノロジーによって生まれた超小型の磁気回路を搭載する。これによりConcordeと同じく再生音の定位感やレンジ感、空間表現に優れ、低域・高域を問わず全ての周波数帯域にわたって高解像度であるというHi-Fiなカートリッジとしての要素を備えることが可能となります。
その上で、SLMで三次元成型されたステンレス製のハウジング素材を用いてヘッド部分の質量を稼ぎ、SPUを彷彿とさせる重心の低さや再生音の量感を得ることもあわせて実現しました。
MC Xpressionは、オルトフォンがSPUやConcordeなどの歴代モデルで培ってきた「形状」と「質量(重さ)」に関する知見のすべてを次ぎ込んだ集大成といえます。本機は自重28gと重質量につき、SPU同様にロングのダイナミック・バランス型トーンアームとの相性が良い傾向にあります。ただ、堅牢なハウジングにより可動部の質量が大きい(重い)スタティック・バランス型トーンアーム(例:Ortofon AS-309R)などとの組み合わせもまた甲乙つけがたいところです。ひとつの指標としては、定位感やレンジ感をより優先させる場合はスタティック・バランス型、再生音の重心の低さや安定感をより望む場合はダイナミック・バランス型と組み合わせた方が満足のいく結果を得られるものと思われます。