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アナログオーディオ大全

2021.09.28
カートリッジ

カートリッジについて Vol.4 磁気回路編

このページでは、「カートリッジについて」のVol.4をお送りします。本ページは、レコード針(カートリッジ)についての専門的な内容となる、磁気回路に関する記述を中心としています。基礎的な内容の解説ページもございますので、先に「カートリッジについて Vol.1 基礎編」のお目通しをお勧めします。

 カートリッジの磁気回路について

カートリッジは、端的に言ってしまうと超小型の発電機です。手回し発電機のハンドルを回すと発電機内部のモーターが回転することで電球が光るように、カートリッジも盤面をトレースしてカンチレバーが動き、それが磁気回路内部のパーツに伝わることで発電された電圧の強弱が音声信号となります。これがアンプやスピーカーを介することで音楽となり、人間の耳に入ります。

そういった意味で、この磁気回路もまた極めて重要なカートリッジの構成部品といえます。磁気回路の構造はMC型とMM型で異なるため、両者の代表例を挙げて解説していきます。

Ⅰ.MC用磁気回路の代名詞「オルトフォン・タイプ」

MC型の磁気回路はMoving Coilと呼称する通り、カンチレバー根元に付けられたアーマチュア(コイル巻芯)に巻かれたコイルが動くことで発電が行われ、音声信号が生じる構造です。磁気回路を構成するマグネットはカートリッジ本体に固定され、再生時に動くことはありません。そして現在、MC型に用いられる磁気回路は上図のような「オルトフォン・タイプ」と呼称されるものが主流になっています。

この回路の歴史は古く、1958年のステレオレコード発売にあわせてオルトフォンが開発したSPU(「Stereo Pick Up」の頭文字より命名)で実用化されました。上図はSPUの磁気回路を示した模式図です。

V字型の直角で刻まれた45-45方式のステレオレコードの音溝に合わせてコイルの巻かれたアーマチュアを菱型、機種によってはX字型に配置、このアーマチュアの中心に取り付けられたサスペンションワイヤーはダンパーゴムを介して磁気回路に固定されます。アーマチュアにはカンチレバーも取り付けられ、先端のスタイラスチップが盤の音溝からピックアップした音声信号がカンチレバーを伝い、根元のアーマチュアを動作させて発電を行います。なおアーマチュアを固定するサスペンションワイヤーは中心にワンポイントで取り付けられているため、アーマチュアとカンチレバーは上下左右を問わず自在に動きます。

この動作を支え、常に適切な位置に保つのがゴム製のダンパーです。オルトフォンは、このゴムダンパーの製造を100%内製して徹底した品質管理を行っています。

また、下の動画は本邦におけるアナログ研究の第一人者である海老沢 徹 先生が、オルトフォン・タイプの磁気回路について解説しているものです。この磁気回路の利点や特徴について述べられておりますので、あわせてご参照ください。

オルトフォン・タイプの磁気回路は、後に省スペース化されたものや高精度・ハイパワー化されたモデルも開発され、SPUのそれと共に今なお現役の第一線にあります。また回路構造の完成度が注目され、後に発売された多くのMCカートリッジがこの回路に範を取りました。SPU以降の代表的なモデルを以下にご紹介します。

MC10・20・30シリーズの磁気回路

MC Q20の磁気回路

このタイプの特徴は、SPU開発時に誕生した「オルトフォン・タイプ」の磁気回路の基本構造を踏襲しながら回路の小型化出力電圧向上を目指したところにあります。

磁気回路の小型化は高性能なカートリッジ設計時の重要な命題ではありますが、磁気のコントロール方法、部品に使用する金属素材の選定や加工、さらに設計時点で使用可能なマグネット素材を吟味した上で、既にあるものと同程度もしくはそれ以上の出力電圧を担保しながら磁気回路を小型化することは極めて困難です。これに挑戦し、代を重ねることで完成をみたのが現在MC Q5Q10Q20Q30SおよびQ Monoで用いられている磁気回路です。

この磁気回路はSPUのそれに比べ半分程度の長さというコンパクトさによってカートリッジ本体の軽質量化に大いに貢献しましたが、マグネットのサイズもそのまま半分程度となってしまった初代シリーズは出力電圧の低さが弱点となっていました。

これはシリーズとして代を重ねるごとに克服され、特に極めて磁力の高いネオジウム・マグネットの登場により大幅な出力向上を実現。現行シリーズでは最大0.5mVの出力を誇ります。

また、下の弊社公式YouTube動画ではMC Q5の磁気回路を含む内部構造を3Dモデルにて解説しております。こちらも併せてお目通しください。


Exclusive MCとCadenzaシリーズの磁気回路

1998年のオルトフォン創立80周年に開発されたMC Jubileeを始祖とする、「オルトフォン・タイプ」の概念を自ら覆した新たな磁気回路です。この回路の特徴は強力なネオジウム・マグネットに穴を開け、その中心に十字型のアーマチュアとダンパー、カンチレバーを配置するというもので、極めて高精度な加工技術を要します。

また先述のMCシリーズの磁気回路から更に半分程度のサイズにまで小型化されたことにより、上図のようにハウジングとヘッドシェルを一体化させたり、不要共振を防ぐためにフレームを最大限に削ぎ落としたスケルトンタイプの開発に成功するなど、この磁気回路の登場によってMCカートリッジのハウジングやフレームを設計する際の自由度が飛躍的に向上しました。カートリッジ設計において軽量化・小型化だけが絶対ではありませんが、必要に応じて軽量・小型のパーツを選択できることは極めて重要です。そういった点で、高性能なカートリッジの設計は航空機や宇宙開発のような先端産業と共通するものがあります。

現在、この磁気回路は MC A MonoMC XpressionMC Windfeld TiおよびMC Cadenzaシリーズで採用されています。 

MC DiamondとThe MC Centuryの磁気回路

空芯型MCカートリッジ、Ortofon The MC Century(生産完了)の内部断面図

MC Annaで実用化された、オルトフォンのフラッグシップMCカートリッジ専用に使用されている磁気回路です。この磁気回路の特徴は以

下の3点にあります。

ⅰ.非磁性体アーマチュア採用による空芯コイル化

上図はフラッグシップシリーズの磁気回路と、その中心部を示したものです。この図上でX字状に配置され、コイルの巻線が巻かれた巻芯のことをアーマチュアと呼称します。このアーマチュアには通常、純鉄などの磁石に引き寄せられる磁性体の素材が用いられることが多いですが、カートリッジによってはこのアーマチュアに磁石の付かない非磁性体を採用した製品もあります。これを芯コイルのカートリッジと呼びます。コイルを動作させる際にマグネットからの影響を受けない空芯コイルは、本シリーズの目指す繊細かつフラットな音楽表現にとっては理想的なパーツです。

ⅱ.ボビン状となったアーマチュア先端

MC DiamondThe MC Centuryの空芯コイルのアーマチュアには、高精度に加工されたポリマー系素材を使用。オルトフォンは樹脂・ラバー系素材の精密加工を得意としており、自社のカートリッジのみならず医療機器分野でも数多く採用されています。直径わずか数㎜のアーマチュアにもその技術力は存分に発揮されており、十字型アーマチュアの先端をボビン状とし、相対するダンパーにはアーマチュアの突起部分に嵌合するリブ状のホールドを設けることで、アーマチュアが上下左右に動作した際のセンター軸ずれを防ぎ、カンチレバースタイラスが音溝からピックアップした振動を常に理想的な位置で、高精度に音声信号へと変換することができます。

ⅲ.空芯ながら0.2mVの高出力を実現

空芯コイルのMCカートリッジは、鉄芯コイル入りの磁気回路に比べて繊細かつフラットな音楽表現を得意としており、更にコイル動作時にマグネットからの影響も受けないなど、一見すると利点だらけであるように思えます。しかし空芯コイルの弱点として、同一のマグネットを使い、質量も同じ鉄心コイル入りの磁気回路に比べると一般的に出力電圧が低く、通常のレコード再生環境では十分な音量を得ることが難しいことが挙げられます。そのため、かつては充分な出力電圧を得るために巨大なマグネットを複数使用し、トップヘビーを避けて本体の重心を下げつつも結果的にカートリッジ本体が重くなったものや、低出力を補うために一般的なものより昇圧比の高い(音量増幅レベルの高い)専用MC昇圧トランスの使用を要するものもありました。

この運用上の弱点を克服するため、オルトフォンは新時代の空芯コイル用磁気回路の開発に着手。かつては存在しなかったネオジウム・マグネットの登場や工作機械の高精度化による個々の部品・組み立て精度の向上、また新たな加工技術の登場による設計自由度の飛躍的な向上にも助けられ、現行カートリッジの中では大型ながら通常のレコード再生環境で存分に使用可能なサイズと重量、そして0.2mVという高い出力電圧を備えた、強力な空芯コイル用磁気回路を完成させました。

空芯型MCカートリッジ、Ortofon MC Diamondの内部断面図

大型の極めて強力なネオジウム・マグネットを支えるパーツには、透磁力に優れた高品位の鉄・コバルト合金を採用。マグネットはこのパーツによって前後から保持され、高い磁束密度を得ています。そして強力で発電効率の良いマグネット・システムがあることで、アーマチュアに巻くコイルの巻線ターン数を増やして出力電圧を稼ぐ必要がなくなるため、振動系全体の実効質量(機械の実際に可動する部分の質量)を減らすことが可能となりました。このようなパーツアッセンブリ時の弊害から解放されることは、妥協のない製品づくりのためには極めて重要です。

また、下の動画は本邦におけるアナログ研究の第一人者である海老沢 徹 先生が、鉄芯コイルと空芯コイルの特徴について解説しているものです。上述の内容についても詳しく述べられておりますので、あわせてご参照ください。

Ⅱ.VMSの血を継承した、独自のMM型磁気回路

MM型の磁気回路はMC型の逆で、Moving Magnetの名の通りカンチレバーの根元側に取り付けられたマグネットが動くことで音声信号を発生させます。ポールピースに巻かれたコイルはカートリッジ本体に固定されているため動かず、巻線数を増やすことが容易なため出力を大きく取ることができます。また、コイル部分とマグネットより先の部分を切り離すことができるため、ユーザー様ご自身で針先部分を交換することが可能です。

MM型の磁気回路の構造には数種類ありますが、ここではオルトフォンの現行MM型を例に挙げてご説明します。

オルトフォンのMMカートリッジは、コイルを巻いた芯(ポールピース)の先端4点が正方形の四隅となる位置に等間隔で配置されています。この先端4点の対角線が交わる中心部分に、カンチレバー根元に固定されたマグネットが位置し、これが上下左右に動くことで発電が行われます。これはオルトフォンが1969年に発売したVMSと呼ばれる方式のカートリッジで確立された構造を受け継いだもので(現行のMMではマグネットやボディの位置・形状が変更されており、交換針の互換性はありません)、これも長い歴史をもつものです。マグネットが取り付けられたカンチレバーの適切な支持と動作を担うゴムダンパーは、MC同様に100%内製化され、極めて高い精度を誇ります。このためオルトフォンMMカートリッジのマグネットは、フリー状態では常に4本のポールピースの中心に位置し、カンチレバーがレコード盤の音溝をトレースして動作している際は音溝に刻まれた信号を読み取って上下左右に動作し、正確な音声信号を生み出すことができます。


カートリッジについて Vol.5 へ続く

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