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アナログオーディオ大全

2022.01.25
カートリッジ

カートリッジについて Vol.15 コンプライアンス編

このページでは、「カートリッジについて」のVol.15をお送りします。

本ページは、レコード針(カートリッジ)についての専門的な内容となる、カートリッジのコンプライアンスについての説明を中心としています。基礎的な内容の解説ページもございますので、先に「カートリッジについて Vol.1 基礎編」のお目通しをお勧めします。

コンプライアンスとは

様々なカートリッジについての情報を調べていると、時おり「コンプライアンス」という単語を目にすることがあると思います。これは昨今よく目にする法令順守を意味するものではなく、物体(カートリッジの場合、カンチレバーなどを含む振動系)の変形のしやすさや柔らかさを数値として示す、弾性の機械的コンプライアンス(英:mechanical compliance)という物理用語を略して呼称・表記したものです。

なお、このコンプライアンスという概念を補う対義語にあたるものはスティフネス(剛性)です。この単語はカートリッジのスペック値に登場することはありませんが、スティフネスの値が高いほど、その物体は変形しづらく高剛性であることを示しています。

コンプライアンスの場合も同様に、数値が高いほど物体として変形しやすい(カートリッジの場合は針先が動きやすい)、柔らかいということを示しています。またこれを踏まえ、物理学においてはコンプライアンスを指して柔性と表現する場合もあります。

ローコンプライアンスとハイコンプライアンス

アナログカートリッジに詳しい方は、カートリッジの分類方法として「ローコンプライアンス」「ハイコンプライアンス」という言葉を聞いたことがある、もしくはカートリッジ選びの際にそれを意識したことがあるかもしれません。コンプライアンスが低い(ロー)カートリッジと高い(ハイ)カートリッジについては、かつてのアナログ黄金時代にそれぞれの優劣を含む様々な角度から議論がなされ、一旦はハイコンプライアンスこそ至上とされた時期もありました。これを求め、結果的に軽針圧で軽質量(ローマス)のカートリッジとそれに対応した軽質量専用のトーンアームが各社から発表され、オルトフォンのConcordeシリーズも当初はこの流れの中で開発されました。ハイコンプライアンスと軽針圧、そして軽質量を極めた末、SME社の軽針圧アーム専用としてカートリッジとアームパイプ一体のSME 30H(下の写真、適正針圧1.0g)という製品を発表したこともあります。

しかし、カートリッジとトーンアームとの組み合わせ方やアナログ趣味の多様化に伴い、中程度のミディアムコンプライアンスや、ローコンプライアンスのカートリッジの魅力も見直されています。

今となっては重針圧・重質量(ハイマス)カートリッジの代名詞となったSPUシリーズは、上述のハイコンプライアンスを極限まで追い求めた時代のはるか前に基本設計が行われた製品です。7g程度の針圧をかけて使用するピックアップも多かった当時としては、SPUは十分にハイコンプライアンスといえる存在でしたが、専用トーンアームであるRMG/RMAシリーズ(下の写真)との相性も含めたトータルバランスや業務用機器として安定した動作を保証するための信頼性や耐久性も考慮して設計されていたため、ダンパーを含む振動系やトーンアームにはある程度の剛性が不可欠でした。

このため、オルトフォンはその後に訪れたハイコンプライアンス全盛の時代にあってもSPUシリーズを廃番とはしませんでした。結果的に重厚にして骨太と評される独特のサウンドが今日に伝えられており、多くの皆様から支持を頂き続けています。ダイナミックバランス型であるRMG/RMAシリーズやRSシリーズなどの実効質量が大きく(トーンアームの場合、アームの可動部分の質量が大きく結果的に重いこと)、後端のウェイトも重く余裕をもってゼロバランスが取れるトーンアームに取り付けて使用することで、SPUはその真価を発揮することができます。

一方、先述のSME 30Hは極端な例としても、多くの場合ハイコンプライアンス(かつ結果的に軽針圧、軽質量)なカートリッジは実効質量が小さい(アームの可動部分が軽い)トーンアームでの使用を前提としています。このため、ハイコンプライアンスなカートリッジは先に述べた重針圧・重質量なSPUの使用を前提としたRMG/RMAシリーズのようなアームでは十全なレコード再生を行うことができません。コンプライアンスが高い、もしくは高めのカートリッジを使用するには理論上、アームパイプや後端のウェイトが軽いトーンアームに取り付け、軽量なヘッドシェルを用いた方が好ましいといえます。

上記を踏まえると、カートリッジのコンプライアンスは単に数値の見栄えだけで決められている訳ではなく、その時代の主流となっている再生機器や想定される使用環境などの複合的な要因も考慮された上での最善手として決められていることが分かります。ローコンプライアンス=悪ということではありませんし、逆もまた然りです。

下の動画は、本邦におけるアナログ研究の第一人者である海老沢 徹 先生が、カートリッジのコンプライアンスについて解説しているものです。ローコンプライアンス、ハイコンプライアンスそれぞれについての具体的な内容も述べられておりますので、併せてご参照ください。

コンプライアンスからみるトーンアームとの相性

カートリッジのコンプライアンスに注目した上でトーンアームとの相性を考える場合は、大まかな目安として下記の区分を意識した方がよいでしょう。ここでは、カートリッジとヘッドシェルを合わせた自重とその適正針圧によって3種類に区分します。

・軽質量(ローマス、カートリッジとヘッドシェルを合わせた自重20g以下)、軽針圧(適正針圧2.0g以下)

基本的にハイ~ミディアムコンプライアンスの製品が多く、(理論上は)軽質量に対応したパイプやウェイトの軽いトーンアーム(スタティックバランス型であることが多い)との相性がよい。MM型カートリッジの多くはここに含まれる。

・中程度の質量(カートリッジとヘッドシェルを合わせた自重28g程度まで)、中程度の針圧(適正針圧2.0~3.0g程度)

上記の区分に比べ、ミディアム~ローコンプライアンスの製品がメインとなる。カートリッジ+シェルの自重28g程度までの重さにも対応可能なスタティックバランス型(例:オルトフォン AS-212/309S)を使用するか、ダイナミックバランス型(例:オルトフォン RS-212D/RS-309D)との相性も良好。

・重質量(ハイマス、カートリッジとヘッドシェルを合わせた自重30g以上)、重針圧(適正針圧3.0g以上)

基本的にローコンプライアンスの製品が多い。質量が大きく、ウェイトも含めて重いトーンアームとの相性がよい。トーンアームのウェイトを重質量カートリッジに対応させるために補助ウェイトを追加したり、専用の重質量ウェイト(例:オルトフォンASシリーズ用 Type-C/D)に差し換えるなどの対応が必要となる場合がある。また、重質量・重針圧のカートリッジの使用も想定したダイナミックバランス型(例:オルトフォン RS-212D/RS-309D)との相性は非常によい。

なお上記の例外として、オルトフォンがDJプレイ向けとして開発しているConcordeOMシリーズ、VNLはカートリッジにとって過酷な使用環境でも耐えられるよう極めて頑健な特殊仕様となっています。例えば、シェルとカートリッジが一体で自重18.5gのConcordeシリーズは基本的に軽質量カートリッジの範中に含まれますが、針圧は3.0~5.0g程度の重針圧をかけて使用する想定がされています。この場合は、軽質量カートリッジを取り付けてもゼロバランスが取れ、かつ重針圧もかけられるトーンアームを使用する必要があります。


下の動画は、本邦におけるアナログ研究の第一人者である海老沢 徹 先生が、カートリッジとトーンアームの相性について解説しているものです。上に述べた、コンプライアンスのハイ・ローによって出る相性の内容についても述べられておりますので、併せてご参照ください。



コンプライアンス値を選択可能な「VNL」

オルトフォンは、現在に至るまでに様々な使用条件を想定したカートリッジを開発してきました。この経験を活かし、我々が新規に開発したカートリッジがVNLです。このVNLは、針先交換が可能なMM型の利点を取って3種類の異なるコンプライアンスの交換針(下の写真参照)をラインナップしています。そのコンプライアンス値は写真左の「Ⅰ」が最も高く(柔らかく)、「Ⅲ」が低くなっており、ボディとカンチレバー、スタイラスチップが共通のカートリッジで異なるコンプライアンスを体感し、自身にあったものへとカスタマイズすることが可能です。

本来、この仕様はDJプレイ時に異なるフィーリングをスタイラス交換という選択肢として現すことで、より多彩な表現の可能性を追求するためのものです。ただコンプライアンスの差はそのままサウンドにも現れるため、一般のレコード再生でも音色の違いとして楽しむことも可能です。

ダンパーの項でも述べたとおり、3種類の異なるコンプライアンスという仕様を可能としたのはオルトフォンが誇る完全自社生産の高精度なダンパー製造技術の賜物です。これもまた、ローからハイまで様々なコンプライアンス値のカートリッジを開発し続けてきたことで得た膨大な知見の賜物です。


カートリッジについて Vol.16へ続く

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