ortofon JAPAN CO,LTD.

アナログオーディオ大全

2021.10.18
カートリッジ

カートリッジについて Vol.7 ダンパー編

このページでは、「カートリッジについて」のVol.7をお送りします。

本ページは、レコード針(カートリッジ)についての専門的な内容となる、振動系を支えるダンパーに関する基礎的な内容の記述を中心としています。基礎的な内容の解説ページもございますので、先に「カートリッジについて Vol.1 基礎編」のお目通しをお勧めします。

カートリッジのダンパーについて

このページの主役は、レコード針(カートリッジ)のカンチレバーや振動子(上図の「振動系」からダンパーを除いた部分)を支える、ダンパーと呼ばれる小さなゴムパーツです。直径数㎜という、吹けば飛ぶようなほどに小さなものではありますが、カートリッジの音色や性能を大きく左右する、レコード再生の生命線と言っても過言ではない重要な構成部品です。

ダンパーがレコードの再生時に果たしている役割は大きく分けて2つあり、以下の内容に大別されます。

①再生時に発生した不要共振を減衰させる、「制動」材 

カートリッジのカンチレバーとアーマチュア(コイル巻芯)はレコードの音溝をトレースし、そこに刻まれた信号をピックアップします。その際には音楽信号とは関係のない、不要な共振が発生することがあります。ダンパーの重要な役割その1は「制動」で、カンチレバーから伝わってくる不要共振をシャットアウトし、音楽信号のみを伝送させることが求められます。この理想を目指して、ダンパーの硬さや厚さ、配合素材の選定が行われます。

②振動子の動きに追従しながらこれを「支持」し、適正な位置や角度で保持

カンチレバーやアーマチュアなどの振動子は、ステレオ盤の場合は音溝のトレースによって上下左右に動作します。この動作によってカンチレバーの角度は常に変化し続けるわけですが、音溝を適切にトレースするためには動作を一定の角度内に留め、針先にメーカー指定の適正針圧がかかった際にはカンチレバーを適切な角度で保持し続けなくてはなりません。これがダンパーの重要な役目その2、「支持」です。カンチレバーの根元に固定されたアーマチュアやマグネットを、磁気回路内部の適正な位置や角度にあるよう保持して再生時の動作を支えることも、ダンパーの大切な役割です。

下の動画では、ここまでの内容をアナログ研究の第一人者である海老沢 徹 先生が更に詳しく解説しておりますので、あわせてお目通しください。

ダンパーの素材について

ダンパーの素材としては、かつては下図のように金属板を機械的に組み合わせたり、金属や樹脂のバネをサスペンションとして用いた例(Ortofon Type C100、C99など)もありますが、現代のカートリッジでは一般的にゴム系素材が用いられます。

故にダンパーのことをダンパーゴム、もしくはゴムダンパーと呼称することも多く、ダンパー=ゴムという認識が一般的となっています。ダンパーにゴム系素材が多用される理由は、先述の「制動」と「支持」を同時に行うことが可能であり、また様々なゴム素材や他の混合材を配合することで、カートリッジそれぞれに求められる性能や音色に合わせた調整を自在に行えることも挙げられます。

下の動画では、海老沢先生がカートリッジの設計にあたって理想的と思われるダンパーについて述べておりますので、併せてお目通しください。

またカンチレバーは素材によって固有の共振をもつため、適切な制動を行うためにカートリッジの機種ごとに専用のダンパーが開発されることもあります。オルトフォンはカートリッジの機種や仕様に合わせてダンパーを専用に自社で設計・生産しており(後述)、古くからその重要性を強く認識しています。下の海老沢先生の動画もあわせてお目通しください。

オールMade In Denmark、完全自社生産のダンパー

オルトフォンは、フラッグシップのMC Anna DiamondからMM型の2Mシリーズ、またDJカートリッジを含めた全シリーズのカートリッジ生産はもちろん、これに用いるダンパーの製造についても、ゴム素材の原料配合から加工・成型に至るまでの全工程を北欧デンマークにある本社工場で行っています。この工場には、医療機器メーカーなどを取引先とする、BtoB(企業間取引)主体の高精度な精密機器用部品開発・生産を行う独立した部門Ortofon Microtech(オルトフォン・マイクロテック)があります。ここは本来、カートリッジのダンパーなどの開発や生産を行っていましたが、ゴム素材の配合や精密加工技術を生かして医療機器などの精密部品も生産するようになりました。このため、ダンパーゴムの生産部門は医療機器製造の規格であるISO 13485の認証を取得し、ダンパー個々の硬さや粘性を均一にコントロールすることでカートリッジの個体差を生じさせない徹底した品質管理を行っています。

オルトフォンがここまでダンパーの品質維持に注力する理由はただ一つ、ダンパーの性能はカートリッジの品質・音色を大きく左右するためです。高性能なスタイラスチップやカンチレバーを使用して極限のサウンドを目指したとしても、これを支えるのはダンパーです。ダンパーの性能が他のパーツに対して不十分である場合、ここがボトルネックとなってカートリッジ全体の性能を低下させてしまいます。更に制動材であるダンパーがレコード盤の音溝に刻まれた信号の微細なニュアンスまでもダンピングしてしまうと、カートリッジの音色は曖昧かつナローレンジともなりかねません。これを避けるため、オルトフォンは完全自社生産を貫き、ダンパーの配合比も含めて極めて厳密な管理を行ってそれぞれのカートリッジに求められる音色を創り出しています。

下の動画(英文)は、ドイツのターンテーブリストDJ Rafikがデンマーク本社工場を訪れ、セールスマネージャーのAnders Bentley氏と共にConcordeシリーズの製造工程を見学する様子を収録したものです。動画序盤ではクリーンルームでダンパーゴムが配合、成形されていく様子が映されていますのでご参照ください。

オルトフォンのダンピングシステムと素材について

理想的なダンパー素材と高性能なダンピングシステムはいわば車の両輪であり、どちらかが不十分であった場合カートリッジの振動系は性能を十全に発揮することができません。オルトフォンは、ダンパー素材の配合による素材開発だけではなく、ダンパーを組み込んだダンピングシステムの研究・開発も併せて進めてきました。以下に挙げるものはオルトフォンが100年の歴史の中で開発したダンピングシステム・ダンパー素材の代表例で、その中には世界で最初に開発され、その後のスタンダードとなったものもあります。

Ⅰ.オルトフォン・タイプの磁気回路

SPUオルトフォン・タイプと呼ばれるMC型の磁気回路を世界で最初に実用化し、その基本構造を確立させたモデルです。上述のType C100やC99よりも更にシンプルで高性能な磁気回路が求められた結果誕生し、カンチレバーとアーマチュアを1本のサスペンション・ワイヤーで本体のポールピースに固定。その間にダンパーを挟むことで上下左右・360度全ての方向にカンチレバーをスムーズに動作させることを可能とした、当時としては画期的な構造です。アーマチュアの裏にダンパーを挟んで一点支持させるこの方法は、後に発売された多くのMCカートリッジの範となりました。

また現行製品のMC Qシリーズでは、SPUの磁気回路を小型化し、パワーアップさせたものを採用しています。下の動画ではシリーズのエントリーモデルであるMC Q5の内部構造を3Dで示したものをご紹介しています。ダンパーの位置や構造も含めて解説しておりますので、あわせてご参照ください。


Ⅱ.MWCNT(Multi Wall Carbon Nano Tubes)

ダンパーゴム自体の素材研究もまた、積極的に行われています。2M Black LVB 250の発表にあわせて実用化された新時代のダンパー素材は、MWCNT(Multi Wall Carbon Nano Tubes、マルチ・ウォール・カーボン・ナノチューブ)と呼ばれるナノメートル単位の超微小な炭素微粒子(カーボンナノフィラー)を新たに混合したもので、ダンピングとトレース性能の向上を実現しました。MWCNTが配合されたダンパーは、従来のそれに比べて音のクリアさ、低音域の分解能にも優れます。この夢の素材は、今後発表される新たなカートリッジでも積極的に採用されてゆくことでしょう。

Ⅲ.VNLで採用された、3種類の交換針

DJ用カートリッジのVNLで、オルトフォンは初めて同一機種に3種類の交換針(スタイラス)を採用しました。この3種類の交換針は側面にI・Ⅱ・Ⅲと数字が記され、この数字が大きくなるほどコンプライアンスが低く(カンチレバーの動きが硬く)なっていますこれは熟達したターンテーブリスト達からもたらされた現場の声が全面的に採用されたもので、DJプレイ時のタッチやサウンドに変化をもたせてカスタマイズし、より多彩な表現を行うことが可能です。DJカートリッジを含むMMカートリッジのコンプライアンスはダンパーの硬さによって決まるため、この仕様を採用するためには極めて高精度な素材配合と生産工程の維持、品質管理が求められます。VNLの3種の交換針は、完全自社生産のダンパー製造技術があるからこそ実現したものと言っても過言ではありません。


カートリッジについて Vol.8へ続く

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