本ページでは、レコード針(カートリッジ)に関する専門的な内容の、「接合針」と「無垢針」についての解説を行います。
基礎的な内容の解説ページもございますので、先に「カートリッジについて Vol.1 基礎編」および「カートリッジについて Vol.2 スタイラスチップ編」のお目通しをお勧めします。
上の図はオルトフォンのMM型カートリッジ、2Mシリーズの内部構造図を示したものです。スタイラスチップがカンチレバーの先端に取り付けられていますが、このチップ部分がレコード盤に刻まれた音溝の凹凸に直接触れて振動を読み取ると、カンチレバーはこれを磁気回路に伝達します。
磁気回路の内部では伝達された振動によってコイル(MC型)やマグネット(MM型)が動き、振動はここで電気信号に変換されます。
このようにスタイラスチップはカートリッジの中で唯一、レコード盤の音溝に直接触れて信号を読み取る役目を担う非常に重要なパーツです。前項「丸針と楕円針など、針先の形状で音が変わる理由」ではスタイラスチップの形状によって音が変わる理由を解説しましたが、本項ではスタイラスチップを構成する素材やその構造による違い、またそれらが再生音に与える影響について述べてゆきます。
スタイラスチップを構造による違いで分類した場合、「接合針(右)」と「無垢針(左)」の2つに大別されます。
「接合針」はレコード盤の音溝に接する先端部分をダイアモンドなどの鉱物素材、カンチレバーに固定される根元部分をチタンなどの金属素材としているもので、先端とシャンク(軸となるベース部分)を接合しているため「接合」針と呼称されます。
そして「無垢針」は、金属などの無垢材と同様に針全体が単一の素材で構成されているものを指します。多くの場合、無垢針はダイアモンドのブロックを切削するなどして作成されています。
上図は接合針と無垢針の構造を示した模式図です。全てがダイアモンドで出来ている無垢針に対し、接合針は先端部分でダイアモンドチップと金属製のシャンク部分を接合しています。レコード再生時にはダイアモンドの針先に非常に強い力がかかるため、ここは強固に接合されていなくてはなりません。一般的に接合針はコスト面で無垢針よりも有利ですが、接合には極めて高度な技術を要します。摩耗に強いダイアモンド針の利点を享受しつつ、コストパフォーマンスに優れた接合針が存在することで、今日の我々はDJプレイをはじめとした(Hi-Fi志向な音楽再生とはまた異なる方向の)よりアクティブなレコード再生を行うことが可能となっています。
また接合針のシャンク部分の素材は、かつては鋼鉄が使われることが多かったものの、現在ではより質量が軽く耐食性に優れたチタンなどもよく使用されています。チタンのシャンクはスタイラスチップの軽量化に大きく貢献しており、結果として接合針の性能を高めることとなりました。「接合針=音が悪い」という認識は、すでに過去のものとなっています。
下の動画は、接合針の開発や規格策定に携わり、『接合針』の名付け親ともなった海老沢 徹 先生が当時のエピソードと接合針についての解説を行っているものです。あわせてお目通しください。
カートリッジでレコード再生をしていると、「接合針と無垢針では、どのように音が違うのか」という疑問をもったことがあるのではないでしょうか。
本項ではオルトフォンのMM型カートリッジ、2Mシリーズのうちボディ部分が共通仕様でスタイラスチップのみ接合式楕円針の2M Redと同じく無垢楕円針の2M Blueをサンプルとし、カートリッジのボディ、カンチレバー、スタイラスチップの針先形状までが共通でスタイラスチップの構造のみが異なる場合にどのような傾向がみられるかを解説してゆきます。
・接合式楕円針の2M Red
上に挙げた写真と3D図は、2M Redの針先部分とスタイラスチップを示したものです。無垢針に比べ質量があるため、再生時の音色が重厚となる傾向があります。また音色の解像度やクリアさを基準とした場合は無垢針が勝りますが、古き良きアナログライクな雰囲気をもった太めで柔らかな音色を望む場合は接合針の方が望ましい音色となることもあります。アナログレコードをまず楽しみたいと考えている場合は、接合針はよき友となるでしょう。
・無垢楕円針の2M Blue
上の写真と3D図は、2M Blueの針先部分とスタイラスチップを示したものです。無垢ダイアモンドのスタイラスチップは接合針よりも軽量なため、理論上のトレース性能に優れます。またスタイラスチップがレコード盤の音溝をトレースすることでピックアップする音声信号を(チップ内部で)伝達するスピードが接合針に比べて速いため、音の立ち上がりが速くなる(トランジェント特性が良い)利点もあります。そのため、無垢針は接合針と比較するとクリアで高解像度、ワイドレンジな音色となる傾向にあります。
そしてオルトフォンのConcordeシリーズ(DJ用モデル)ではこれまで、再生時の音の太さやハードユースに伴って消耗した際の交換用スタイラスのコスト面などを鑑みて全ての製品で接合針を使用していましたが、新たにシリーズのフラッグシップとして発表したConcorde MkⅡ Eliteではシリーズ初の無垢楕円針を採用しており、今までの「DJカートリッジ」の概念を超えたハイレベルなリスニング用途も考慮した設計が行われています。
そしてHi-Fi用モデルとして開発されたConcorde Musicシリーズでは、先に挙げた2M Red/Blueと同様に接合楕円針のConcorde Music Redと無垢楕円針のConcorde Music Blueがラインナップされています。この2機種も、接合針と無垢針それぞれの特徴をよく現すモデルです。
接合針と無垢針、その両者を並立させた上での結論としては、アナログライクなウォームで太めの音を望む場合は接合針、高解像度でワイドレンジを望む場合は無垢針を選択した方が志向する音色に到達しやすいといえるでしょう。もちろん個々の音色の感じ方や好みもあるため一概にこうすべきと強制する内容ではありませんが、カートリッジを選ぶ際の判断材料として活用して頂ければ幸いです。