このページでは、「カートリッジについて」のVol.6をお送りします。
本ページは、レコード針(カートリッジ)についての専門的な内容となる、発電コイルの巻線に関する記述を中心としています。基礎的な内容の解説ページもございますので、先に「カートリッジについて Vol.1 基礎編」のお目通しをお勧めします。
カートリッジの発電コイル巻線は、スタイラスチップとカンチレバーがレコード盤の音溝からピックアップした振動をアーマチュア(コイル巻芯)や磁気回路とあわせた動作によって音声信号へと変換し、リードワイヤーへと伝達するパーツです。
カートリッジ内部におけるコイル巻線は、上図にあるようにMC型とMM型で異なります。上図の例で説明しますと、MC型の場合はX字状に配置されたアーマチュアの4か所に巻かれた赤銅色の線、MMの場合は本体後部に配置された4本のポール(ポールピース)に巻かれている赤銅色の線がこれに該当します。
コイル巻線の直径は100分の5㎜以下で、人間の髪の毛と同程度もしくはやや細いくらいです。この線の巻数(ターン数)が多いほどカートリッジの出力電圧が上がり(音量が大きくなり)ますが、MC型の場合はコイルが振動系に含まれるためターン数の増加は実効質量(可動部分、この場合は振動子の重さを理論上であらわすもの)の増加につながり、カートリッジの性能低下を招く恐れがあります。このため、MC型の巻線ターン数には結果的にある程度の上限があります。これはそのまま、一般的なMCカートリッジの出力電圧が低い、つまり音量が小さいことの要因でもあります。
一方、MMカートリッジの場合はコイルが振動系に含まれず、カートリッジ本体に固定されています。このため、MCカートリッジに比べるとコイル巻線のターン数を多く巻くことが可能です。故にMMカートリッジの出力電圧はMC型に比べて高く、昇圧トランスやMCヘッドアンプのような増幅機器を必要としません。
また一般的なオーディオケーブル同様、導体(電線のうち、実際に電気が通る金属部分)の素材によってカートリッジの音色は様々に変化します。オーディオシステムの最上流であるカートリッジの巻線コイルの導体がシステム全体の音色に与える影響は極めて大きいため、オルトフォンは30年以上にわたってコイル巻線の導体に関する研究を重ね、この研究で得られた知見は後に自社のオーディオケーブルやイヤフォンの開発に際しても大いに活用されました。
本項では現行オルトフォン製品で用いられている、または過去に用いられていた導体素材である
Ⅰ.OFC(無酸素銅線)
Ⅱ.6N高純度銅線
Ⅲ.7N高純度銅線
Ⅳ.8N高純度銅線
Ⅴ.銀メッキ高純度銅線
Ⅵ.Aucurum
Ⅶ.Electrum
Ⅷ.銀線
を例に挙げ、その解説を行っていきます。
オーディオ用ケーブル導体としては最も一般的なもので、工業用にも多く用いられるタフピッチ銅より酸化物の含有が少なく、音声信号の伝送を行った際の電気抵抗も低くなっています。またOxygen Free Copper(無酸素銅)の頭文字を取ってOFCと呼ばれます。エネルギッシュかつ密度感に優れたサウンドで、オルトフォンでも多くのカートリッジのコイル巻線に採用しています。
OFCの酸化物含有量を更に減少させたもので、銅の純度99.9999%以上のものを指し、数値に「9」が6個並ぶことから6N(6-Nine)と表記されます。オルトフォンは1989年発売のSPU Referenceシリーズのコイル巻線にこれを採用、それまでの銅線に比べ圧倒的なレンジ感や解像度を得られたため後述の7N、8N高純度銅線開発の礎となりました。
1990年、日本の同和鉱業株式会社によって開発された7N(純度99.99999%)高純度銅。6Nを超える高精彩なサウンドをもつこの導体は、オルトフォンが世界で最初にMCカートリッジのコイル巻線やオーディオケーブルに採用しました。MC 5000やSPU Meisterシリーズ、MC ER、MC Sシリーズなど数多くのカートリッジに使用されています。
7Nを超える究極の高純度銅として開発されたのが、8N(99.999999%)高純度銅です。オルトフォンはこの極めて滑らかなサウンドの導体をMC 7500で最初に使用し、限定モデルであるSPU SpiritやSPU Ethosでもコストを度外視して採用しています。
高純度銅線の導体表面に銀メッキを施したものです。銅素材のみの場合に比べ、高音域の煌びやかさやサウンド全体のクリア感が向上します。オルトフォンはこの導体を2Mシリーズの上級モデルである2M Bronze、2M Black、2M Black LVB 250、創立100周年記念モデルのThe Concorde Century、The SPU Centuryに採用しています。
6N高純度銅線の導体表面に金メッキを施したもので、ラテン語のAurum(金、元素記号Auの語源)と Cuprum(銅、元素記号Cuの語源)の2つを合わせてAucurum(オーキュラム)と名付けられました。明瞭かつ滑らかなサウンドで、オルトフォン創立85周年記念モデルのSPU 85 Anniversaryで初めて採用され、現在ではMC Cadenza BlackやMC Xpresssion、MC WindfeldシリーズなどMCカートリッジの上級機に多数使用されています。
Electrum(エレクトラム)は、金と銀を配合させた貴金属の合金です。後述の通り、オルトフォンはコイル巻線に高純度銀線を採用しました。この際、当然の流れとして純金の巻線も試作され、試聴が行われましたが思ったほどによい音色とはなりませんでした。このため、注目されたのは古代より貨幣としても用いられてきた金・銀合金のElectrumです。高純度銀に純金を独自の含有率で配合し、音響面でも理想的な導体としてオルトフォン創立80周年記念に発表されたSPU Royalシリーズで初めて採用され、その端正かつ自然で柔らかな音色により、現行モデルでも使用され続けています。
純銀線は、オルトフォンが自社製品に最も早く採用した貴金属導体です。その歴史は古く、1981年発売のSPU Goldシリーズに端を発します。その後MC Superシリーズの上位モデルやオルトフォン創立70周年記念のMC 70 Anniversaryでも使用されるなど、当時のMCカートリッジに数多く採用されました。しかし、銀特有の音色には当時から賛否両論があり、これを克服するためにオルトフォンは導体の純度を飛躍的に高めた6N高純度銀線を採用。明瞭かつ煌びやかでありながら自然な透明感ももったこの導体は、SPU Meister Silverシリーズや MC Rohmann、MC Jubileeを経てMC Cadenza Red、Blue、Monoで採用されています。 また、一般的な純銀線にも根強いファンが存在するため、MC Q10にコストを度外視してこれを採用しています。そしてカートリッジのコイル巻線で得られた知見は、搭載ユニットのコイルに純銀線を用いたバランスド・アーマチュア型イヤフォンe-Q8の開発に際し大いに活用されました。