このページでは、「カートリッジについて」のVol.16をお送りします。
本ページは、レコード針(カートリッジ)についての専門的な内容となる、カートリッジのインピーダンスについての説明を中心としています。基礎的な内容の解説ページもございますので、先に「カートリッジについて Vol.1 基礎編」のお目通しをお勧めします。
前回の「コンプライアンス」に続き、今回は「インピーダンス」についての説明を行います。この単語は、カートリッジやMC昇圧トランス、スピーカーやヘッドフォンなどのオーディオ機器のスペック表などでコンプライアンス以上によく目にする単語です。しかし、実際にインピーダンスとは何かというとなかなか理解が難しいかもしれません。
事実関係や語弊を気にしない、非常に端的な表現が許されるなら、インピーダンスは交流回路における電気抵抗であるといえます。
電線や電子機器などの内部での電気の流れ方を言葉で表現すると「直流(DC)」と「交流(AC)」に分けられます。最初に、この2つの違いについて簡単に説明します。
・直流:電気が流れる際、流れる方向は一定方向に決まっている。流れる量(電流、単位はA:アンペア)、また流れを押し出す圧力(電圧、単位はV:ボルト)も常に一定。
・交流:電気が流れる方向、電流、電圧が波を描くように周期的に変化し、常に一定とはならない。
端的にイメージするなら、直流はプラス・マイナスの極性(方向性)を明確にもった、電池を使った電源です。それに対し、交流は家庭用のコンセントから引く電源です。コンセントから電気を引いて使用する機器は一般的に(厳密に言えば極性はありますが)、どちらの向きから端子を挿しても機器を使用することができます。
電気の流れに対し、何らかの方法でそれを弱めなくてはならない場合があり、それに用いられる部品が「抵抗」です。これは電気の流れにくさを示す単語でもあり、直流回路ではそのまま電気の流れにくさ=抵抗(レジスタンス、単位はΩ:オーム)と理解しても差し支えありません。しかし交流回路にコイルなどの部品(インダクタ)を加えた場合は、純粋な抵抗成分だけでなく電気の流れに逆らう電力が同時に発生するため、疑似的な意味での抵抗とみなすことができます(リアクタンス)。この「抵抗(レジスタンス)」と「リアクタンス」を合わせたものが、「インピーダンス」(単位は直流抵抗と同じくΩ)であると大まかに理解していただけると幸いです。そしてスピーカーのネットワーク回路(ローパスフィルター)でも使用されているように、コイルに交流信号を流した場合、その周波数が高い(音が高い)ほど、コイルはその信号を通しにくくなります。これを誘導性リアクタンスと呼びます。
レコード針(カートリッジ)にかかわる話題で「インピーダンス」という単語が出てきた場合、概ねカートリッジ内部に組み込まれたコイルの抵抗値や、カートリッジを接続した先の昇圧トランス、フォノイコライザーなどの機器側で対応するべき抵抗値などを示していることが多くみられます。それらの内容について、以下に詳しく説明します。
オルトフォンでは、カートリッジ内部に組み込まれたコイルのインピーダンス(抵抗)値を内部インピーダンス(Internal impedance)と呼称しています。これは、カートリッジ内部のコイルの抵抗値を示しているとご理解ください。この内部インピーダンスは、カートリッジの構造や仕様によって千差万別です。ここでは、オルトフォンのカートリッジを例として説明を行います。
Ⅰ.MCカートリッジ
MCカートリッジの場合、コイルは振動系と呼ばれる可動部分に含まれるため、コイル巻線のターン数(巻数)を極端に増やしてコイルを重くすることは構造上望ましくありません。このため、MCカートリッジのコイル巻線の全長はMM型のそれに比べ短くなります。その結果、内部インピーダンスは2~10Ω程度か、高くとも40~100Ω程度の製品が大半となっています。
なお、MCカートリッジを分類する際に「ローインピーダンス」「ハイインピーダンス」という区分方法がありますが、これはこの内部インピーダンスの高低を指しています。オルトフォンのMCカートリッジは、一部例外はありますが内部インピーダンス2~10Ω程度の「ローインピーダンス」に属しているものがほとんどです。
またMCカートリッジを使用してレコードを再生する際は、音量を上げるために上の写真のようなMC昇圧トランスや、MCヘッドアンプ(後述)を使用することが一般的ですが、この内の昇圧トランス使用時はMCカートリッジの内部インピーダンスと昇圧トランス入力側(1次側)の対応インピーダンスが整合している(マッチングしている)ことが理想的です。なお、MCカートリッジと昇圧トランス間のインピーダンスが整合していない場合、低音が薄く聞こえるなどの変化がみられることはありますがカートリッジを含むオーディオ機器が故障したり、破損することはありません。
繰り返しとなりますが、MCカートリッジの内部インピーダンス値は昇圧トランス使用時に参考とする値です。
Ⅱ.MMカートリッジ
MMカートリッジの場合、コイルは本体部分に固定されており振動系には含まれません。このため、コイル巻線のターン数を非常に多く取ってMCカートリッジの数倍にあたる出力電圧を得る(大きな音量を出す)ことが可能です。コイルのターン数が多いということはコイル巻線の全長も飛躍的に伸び、内部インピーダンスは数百~1k(1,000)Ω以上にもなります。
MMカートリッジ使用時において、機器の接続や使用時に内部インピーダンスの値を求められることはほぼありません。その代わり、必要となる(場合がある)のは推奨負荷抵抗値です。これについては、次項で説明します。
下の動画は、アナログ研究の第一人者である海老沢 徹 先生がカートリッジの内部インピーダンスについて解説しているものです。本項でここまでに述べた内容を更に深掘りしたお話となっておりますので、併せてご参照ください。
レコード再生時における「負荷インピーダンス」、および「負荷抵抗」(後述)は、カートリッジからトーンアーム→フォノケーブルを介した先のフォノイコライザーアンプや、プリもしくはプリメインアンプのPHONO入力側の抵抗値を指します。先述の内部インピーダンスとは異なり、カートリッジ内部のスペックを示す数値ではありませんのでご注意下さい。
オルトフォンを例として挙げると、「推奨負荷インピーダンス(Recommended load impedance)」と表記されている場合はMCカートリッジ使用時のPHONO入力側の負荷インピーダンスが、ある一定の値もしくは指定した範囲内であることを推奨するという意味があります。
推奨負荷インピーダンスの値が必要となるのは負荷インピーダンスの切替が可能なMCヘッドアンプ使用時です。MC入力に昇圧トランスを採用(例:オルトフォン EQA-999)している一部の例外を除いては、多くのフォノイコライザーアンプやPHONO入力のMC回路内部にはトランジスタなどで音量増幅を行うMCヘッドアンプが内蔵されています(例:オルトフォン EQA-444、上の写真)。
MCヘッドアンプを使用した入力回路の負荷インピーダンス値は固定式である場合が多いですが、一部機種にはアンプ側の負荷インピーダンス値を変更することが可能なものもあります。この場合は、MCカートリッジの推奨負荷インピーダンス値を参考としながらアンプ側で切替可能な最も近い値に合わせて下さい。(例:MCカートリッジの推奨負荷インピーダンスが10-50Ωであり、アンプのPHONO入力側の可変値が30/200/1kΩである場合は30Ωの位置とするのが望ましい)なお、仮にこの負荷インピーダンスが整合していない場合も機器の故障や破損が生じることはありません。
オルトフォンでは、MMカートリッジ使用時に推奨されるアンプ側の負荷抵抗値を「推奨負荷抵抗(Recommended load resistance)」と表記しています。この値は、上記MC使用時の「推奨負荷インピーダンス」と実用上は同じものである、と考えても差し支えありません(詳細は後述)。
フォノイコライザーやプリ、プリメインアンプに設けられた多くのMM入力端子では、ほぼすべての製品で入力側の負荷抵抗値が47kΩに固定されています(一部、MM入力回路の負荷抵抗値が可変となっている製品もあり)。これに倣い、オルトフォン製品を含む多くのMMカートリッジの推奨負荷抵抗値は47kΩとなっているため、その場合は特段の設定変更を行わずに使用することが可能です。なお、仮にこの負荷抵抗値が整合していない場合も機器の故障や破損が生じることはありません。
なお、オルトフォンが「負荷インピーダンス」と「負荷抵抗」を分類して記述している理由は、先に述べたMCとMMそれぞれのコイルのターン数(コイル巻線の巻数)に起因しています。電気回路にコイルを接続し、交流電流を流すと(この場合、コイルを内蔵したカートリッジをアームに接続し、レコード再生によって信号が流れると)、インダクタであるコイルはその性質によって電気を流した際に抵抗のような要素をもちます。これをインダクタンス(単位はH、ヘンリー)と呼び、この値が高いほどカートリッジの高域特性への影響が大きい(先述の誘導性リアクタンスを参照)ため、アンプ入力側の負荷抵抗値をカートリッジの推奨負荷抵抗値に合わせることが望ましいといえます(類似のスペックに「推奨負荷容量(Recommended load capacitance)」がありますが、これは別項にて説明)。そしてMCカートリッジはコイルのターン数が非常に少ないため、カートリッジの内部インダクタンス(Internal inductance)についてほぼ考慮する必要はありませんが、ターン数が数百回におよぶMMカートリッジの場合はインダクタンス値も高くなるため、個別にスペックの項目を設けています。
そしてMCカートリッジの場合はターン数が少ないため、最初に述べたインピーダンスと直流抵抗値の実数にほぼ差はありませんが、MMカートリッジはターン数が多くインピーダンスと抵抗値に差が発生するため、抵抗値として記載しています。このため、スペック上の表記を「MC:推奨負荷インピーダンス」「MM:推奨負荷抵抗」として分類しています。