本ページでは、レコード針(カートリッジ)の磁気回路を小型化するメリットについての解説を行います。
最初に磁気回路の小型化についての概要を述べた後に、この『アナログオーディオ大全』の他ページや弊社公式Youtubeチャンネルも交えて具体的な内容をお伝えします。
基礎的な内容の解説ページもございますので、先に「カートリッジについて Vol.1 基礎編」のお目通しをお勧めします。
一般的なレコード用カートリッジの内部には、コイルやマグネットなどで構成された、電気モーターに似た機構の「磁気回路」が収められています。
磁気回路は振動系部分の動作により発電を行う、いわば心臓にあたる機構です。カートリッジのフレームやハウジングを除くと最も大きく重いパーツとなるため、これを小型・軽量化することはカートリッジにとって様々な点でメリットが生じます。
ただし、使用される環境や条件によってはカートリッジ本体部分にある程度の重量が必要がケースもあります。その場合は磁気回路の質量に別途のウェイトを追加することで、カートリッジの自重を自在にコントロールすることも可能となります。
カートリッジの心臓部である磁気回路を小型・軽量化することは、誰もが望む理想です。しかしながら、実際にそれをやりとげることは極めて困難なことでもあります。本項では、長年の歴史をもつオルトフォンが、重要な課題として熱心に取り組んできた磁気回路の小型・軽量化の歴史と、各磁気回路の特徴についてご紹介してゆきます。
オルトフォンは、第二次大戦後間もなくよりレコード盤再生用のカートリッジを開発・生産しています。 ここからは、オルトフォンのMC型カートリッジから特徴的な磁気回路をもつモデルを、開発された年代順に以下4パターン(この範疇に当てはまらない機種もあります)に分類します。
Ⅰ.Type-CおよびCG/CAシリーズ用のモノラル磁気回路(1940年代~)
Ⅱ.SPUシリーズ用のステレオ磁気回路(1950年代~)
Ⅲ.MCシリーズ用のステレオ磁気回路(1970年代~)
Ⅳ.高性能かつ軽量な、超小型の磁気回路(1980年代~)
また、下の動画は本邦におけるアナログ研究の第一人者である海老沢 徹 先生が、磁気回路を小型化するメリットについて述べているものです。本項では、この動画で述べられている内容を骨子としつつ具体例なども挙げ、その詳細を解説してゆきます。
上図は1948年のモノラルLPレコード登場にあわせてオルトフォンが最初に完成させた、いわば第一世代といえるMC型カートリッジType-C(これを継承する現行モデルはCG25Di MkⅡ)の磁気回路を示した図です。蓄音機のサウンドボックスに比べ大幅に軽量化されたユニット部分は、ヘッドシェルを含めても30g前後となりました。また、旧来のシェラックではなく塩化ビニルを主原料とするLPレコードに対応するため、針圧10g以下でも安定したトレースを可能とする振動系が開発されました。
Type-CおよびCGシリーズの磁気回路は、1940年代当時の技術の粋を集めてつくられ、同時代のピックアップシステムに比べ圧倒的な高性能を誇りましたが、現代のカートリッジのそれと比較するとあまりに巨大で重質量です。オルトフォンの磁気回路を軽量化するという命題は、このモノラル用磁気回路からスタートしました。
下の動画は、海老沢 徹 先生がCG25シリーズについて解説しているものです。こちらもあわせてお目通しください。
第一世代となるモノラルMC用磁気回路の開発から約10年を経て、ステレオLPレコードの登場にあわせて誕生したのがオルトフォンのSPU(Stereo Pick Up、上の写真)です。先に述べたCG/CAシリーズに比べると、振動系のコイルは半分以下のサイズとなりました。
上図はSPUシリーズの振動系・磁気回路をあらわした模式図です。1950年代末のデビュー「当時」としては軽質量かつ軽針圧なカートリッジに分類された本シリーズは、極めて高性能かつ使いやすいピックアップ・システム(カートリッジとトーンアームをあわせた総称)として一世を風靡しました。
SPUがレコード会社の検聴用や放送局での再生用など、いわゆるプレイバック・スタンダードとしての役割をこなせた理由は、(旧世代のカートリッジに比べ)磁気回路の軽量化により高音域のピックアップ能力を向上させたことが挙げられます。先に述べたType-CおよびCG25/65シリーズに比べるとSPUの磁気回路は大幅に小型化されており、ユニット自重は2分の1程度まで軽量化されています。ステレオ時代の幕開けは、本格的なカートリッジと磁気回路の軽量化を推し進めるきっかけとなりました。
1950年代末のSPUシリーズ誕生から数年のうちに、オルトフォンは磁気回路とハウジングをより一層軽量化させたSLシリーズを開発します。
そして、4チャンネルステレオの登場によりカートリッジの高域再生能力への要求が格段に厳しくなり、ローマス・ハイコンプライアンスの追求にさらなる拍車がかかりました。またこの時代、小型・軽量ながら強力なマグネット素材が登場したことで磁気回路の更なるサイズダウンが可能となり、SPUと比較して更に半分まで小型化された磁気回路が登場しました。
この流れに対応するため、オルトフォンはSL20シリーズにラテン語のQuadra(英:Quad、日本語では4や4つなどの意)のQを冠したSL20Qを加えて4チャンネルステレオへの対応を行ったり、現代に続くシリーズの祖となる初代MC20の開発を行いました。
この頃から、SPUシリーズに用いられていたアルニコに加え、サマリウムコバルトやネオジウムなどの新たな磁石が登場します。これらはアルニコ以上に強力であるため磁気回路のマグネット部分を小型化することができ、その軽質量化に大きく貢献することとなります。
なお下の動画では、本邦におけるアナログ研究の第一人者である海老沢 徹 先生がカートリッジに用いられる磁石の種類と特徴について解説しておりますので、あわせてお目通しください。
磁気回路にネオジウムのマグネットを用いたものは、オルトフォンのMC型カートリッジではHMCシリーズがその端緒となります。
その後MC S(Supreme)・W・Qシリーズに至るまで、この磁気回路はMCシリーズのスタンダードとして使用されてきました。
これを大きく刷新したのが、2025年に発表されたMC Xシリーズの磁気回路です。ステンレス一体成型のフレームに固定された磁気回路は、MC Qシリーズまでのものに比べ小型化されており針先方向の実効質量を大きく軽減させています。
加えて、Xシリーズの磁気回路ではオルトフォン史上初の機構が採用されました。マグネットの奥に取り付けられるリアヨークと、磁気回路下端にあり振動系を固定しているポールピース(ポールシリンダー)が一体型となっています。これはSPUで誕生したオルトフォン・タイプの磁気回路を大きく高性能化させるもので、振動系の取付精度向上によるスペックの高精度化と磁気回路内の磁束密度をより均一化させ、高効率な発電(音声信号の出力)を実現しました。
先にも述べたように、SPUで誕生した「オルトフォン・タイプ」の磁気回路はMC10・20・30シリーズで小型化と高出力化を果たしました。オルトフォンはこれに留まることなく、磁気回路の更なる小型化と針先部分のローマス(軽質量)化を追求しました。
その結果誕生したのが、Concorde/OM型のハウジング形状をもつMC200の磁気回路(下図参照)です。マグネットの中央に円形の穴を開け、その内部に振動系を収めた極めてコンパクトなこの磁気回路は、その後オルトフォンのハイエンドモデルで数多く採用された方式の嚆矢となりました。
MC200の誕生から十数年を経た1998年、オルトフォンは創立80周年を記念して新世代のフラッグシップモデル、MC Jubileeを発表しました。カートリッジ本体の中央下部に位置する磁気回路(下図参照)は、先に述べたMC200の磁気回路をベースとしつつ強化・改良されたもので、SPUの磁気回路と比較すると約4分の1のサイズまで小型化されています。
MC Jubileeにおいて完成したこの磁気回路によって、オルトフォンはカートリッジ本体の質量や形状を決定するにあたり、究極といってもよい程の自由度を得ました。MC JubileeやKontrapunkt、Cadenza、Windfeldシリーズでは磁気回路の小型形状を活かし、振動系に近いカートリッジ底面側に向けてボディを細くするT字状のシェイプをもたせています(下の写真参照)。
またカートリッジとヘッドシェルを一体型としたMC Xpressionでは、ヘッドシェル兼カートリッジボディの先端を磁気回路とほぼ同一にまで狭め、その側面を露出させています。これはデザイン上の観点によるものでもありますが、かつてのMC200と同様にカートリッジ針先方向のローマス化を狙ったものでもあります。これらの高性能モデルは、この超小型磁気回路なくしてはその性能を発揮することはできません。
この磁気回路の構造を分かりやすく示しているのが、下に挙げたMC Verismoの内部機構を紹介しているオルトフォンの公式動画です。こちらもあわせてお目通しください。
また、この超小型磁気回路の利点を最も強調したカートリッジとしては、スケルトンタイプのステンレス製フレームを用いたMC 90Xが挙げられます。本機の基本構造は上に挙げたMC Verismoとほぼ共通ではありますが、共振の排除と軽質量化を徹底した結果、ヘッドシェルに触れる天面から磁気回路とリードワイヤー接続端子を吊り下げ、不要な肉は全て削ぎ落したフレームをもつ極めて特徴的な形状のカートリッジとなりました。
こうして見ると、MC 90Xは本項序盤で述べた磁気回路の小型・軽量化という理想をそのまま体現した存在です。この特異な形状をもつ本機は、「カートリッジ」とはどうあるべきか?という問いに対してオルトフォンが100年以上の歴史の中で編み出したひとつのアンサーであるといっても過言ではありません。