ortofon JAPAN CO,LTD.

アナログオーディオ大全

2025.06.04
カートリッジ(MC)
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カートリッジについて Vol.28 MC Xシリーズ編Ⅰ

このページでは、「カートリッジについて」のVol.28をお送りします。

本ページは、レコード針(カートリッジ)についての専門的な内容となる、オルトフォンのMC Xシリーズについての説明を中心としています。基礎的な内容の解説ページもございますので、先に「カートリッジについて Vol.1 基礎編」のお目通しをお勧めします。

オルトフォンの「定番」、MC 10・20・30シリーズ

オルトフォンには、1970年代末の登場から現在までMC型カートリッジの「定番」モデルとして親しまれているMC10・20・30シリーズがあります。このシリーズが、2025年に久方ぶりのモデルチェンジを果たしMC Xシリーズとなりました。MC10・20・30シリーズの歴史や先代モデルのMC Qシリーズについては、既に「カートリッジについて Vol.23 MC Q シリーズ編Ⅰ」「カートリッジについて Vol.24 MC Q シリーズ編Ⅱ」で述べているため、本項では新たなる定番、MC Xシリーズについての解説を行います。

下の動画は、MC Xシリーズの概要と内部機構を示したプロモーションビデオです。本項の解説はこの動画を軸として行うため、先のお目通しをお勧めします。


Ⅰ.エントリーに至るまで全機種共通の純銀コイル

十字型コイルに巻き付けられた、高純度銀線のコイルワイヤー

MC Xシリーズでは、MC10・20・30シリーズとしては初めて全モデルに高純度銀線のコイルワイヤーを採用しました。数多ある金属導体のうち、銀(Ag)は音声信号の伝送速度が最も速く、信号の損失や劣化も最小限で済みます。また使用している銀線の純度が高いほどその傾向は強まるため、MC型カートリッジのように微弱な信号を扱う伝送経路には最適な素材といえます。

純銀線のコイルワイヤーを用いた、Ortofon MC30(生産完了)

オルトフォンは古くから純銀線をカートリッジのコイルワイヤーに用いており、MC10・20・30シリーズにおいても初代MC30(上の写真)やSuperシリーズ、至近ではMC Q10にもこれを用いるなどしており、いずれにおいても高い評価を頂いてきました。

MC Xシリーズに採用された高純度銀線のコイルワイヤーは、SPUなどに用いられる菱形のものよりも軽質量な十字型のアーマチュア(巻芯)に巻き付けられており、スタイラスチップやカンチレバーがレコード盤の音溝からピックアップしてきた物理的な振動を、アーマチュア質量の影響を最小限としながら極めて忠実に動作(発電)し、音声信号へと変換することができます。

下の動画は、本邦におけるアナログ研究の第一人者である海老沢 徹 先生が、MC型カートリッジのアーマチュア形状について述べているものです。こちらもあわせてお目通しください。


Ⅱ.MIMで一体成型、初採用のハニカムフレーム

ヘッドシェルに触れる天面には、ハニカム形状のリブを配置

上の図は、MC Xシリーズを真上から見たときの様子を示しています。本シリーズでは、全モデル共通の仕様としてカートリッジ天面フレーム部分表面ハニカム形状のリブを設けました。このリブの採用は初代モデルの誕生から40年以上の歴史を誇るMC10・20・30シリーズのみならず、これまでオルトフォンが製造してきた歴代カートリッジ全てにおいても初の試みとなります。これにより、天面やフレームの軽量化と強度向上、さらには不要共振の排除もあわせて実現しました。MC Xシリーズの一段とクリアな音色はこのハニカムリブの効果によるところも大きく、次世代のMC型カートリッジと呼ぶに相応しい性能を誇ります。

MIMで一体成型された、MC Xシリーズのハニカムステンレスフレーム

そして上の図は、MC Xシリーズのハニカムフレームを示したものです。天面と、そこからT字状に下がったフレーム部分は一体成型となっており、これだけで1つのパーツを形成しています。

表面には複雑な形状のハニカムリブをもち、加えてカートリッジ本体をヘッドシェルに取り付けるためのネジ穴も備えたこのパーツは、一般的な切削加工での製作は非常に困難です。そのため、オルトフォンはMIM(Metal Injection Molding、金属粉末射出成型法)と呼ばれる技術を用いています。これは金属粉末に可塑剤を混ぜたペーストを金型に射出し、脱脂を行った後に元の粉末を焼結させてパーツ成型を行う方法で、我々は既にMC Windfeld/Cadenzaシリーズなど上位モデルのアルミ製サイドハウジングにこれを用いており、パーツの高密度かつ高強度化を実現しました。

MIMを用いると、様々な種類の金属を自在な形状で、かつ均一な質量を保ちながら高精度に成型することができます。この強みを活かし、MC Xシリーズではステンレスを一体成型のフレームに使用しました。これまでのMC10・20・30シリーズに用いられたフレームや天面パーツは、ローマス化に対応するため樹脂の成型品であったり、金属であっても軽量なアルミの切削品であることが大半でした。難削材でありアルミに比べはるかに質量の大きい(重い)ステンレスは、一般的な加工方法では複雑な形状での一体成型や表面のリブ付け、また同程度のサイズで樹脂やアルミフレームと同レベルの軽量化を行うことは困難です。

この状況を打破するためには、ハニカムリブでフレーム表面に事実上の肉抜きを施し、かつパーツ全体をMIMの一体成型とすることが必然であったといえます。これにより、ステンレスフレームを用いたMC Xシリーズの自重は8.6gとなり、アルミフレームを用いていた先代のQシリーズ(自重9g)を下回ることに成功しました。

オルトフォン初の試みとして採用に至ったこのハニカムフレームは、圧倒的に優れたサウンドをもたらしたことで今後の「定番」仕様となることでしょう。

Ⅲ.小型化・高効率化された、新開発の磁気回路

ハニカムステンレスフレームに磁気回路を取り付けた際の様子

MIMによって一体成型されたハニカムステンレスフレームには、小型化と高精度化、さらに高効率化を果たした新型のMC用磁気回路が取り付けられています。構成部品の高精度化と一体化(後述)を進めた結果、磁気回路そのものや振動系の組立精度も向上し、左右のチャンネルバランスや再生音の定位感が一層ハイレベルなものとなりました。

さらに、この高精度化は磁気回路の磁束分布をより均一化させることにも寄与しています。これにより磁束密度がより適切化され、磁気特性の向上と発電の高効率化を達成しています。

MCの原器であるSPUから受け継がれてきた「オルトフォン・タイプ」の磁気回路は、今や世界中のMC型カートリッジで普遍的に用いられています。しかし、MC Xシリーズの開発でこの磁気回路にはまだまだ秘められた可能性があることを我々自身もあらためて強く認識しました。磁気回路の小型化と高精度・高効率化は、我々にとっての永遠の課題といっても過言ではありません。

下の動画は、海老沢先生がカートリッジの磁気回路を小型化するメリットについて解説しているものです。別ページの「カートリッジ磁気回路の小型化・軽量化について」ともあわせてお目通しください。


Ⅳ.シリーズ専用、完全自社生産のダンパーゴム

十字型アーマチュアとポールシリンダー先端の間に配されたダンパーゴム

ダンパーは、カートリッジの振動系を動作させる際に必要不可欠なパーツです。オルトフォンはこのパーツをカートリッジ全てにおける「要」と考え、自社カートリッジに使用しているダンパーを100%内製化し、デンマーク本社工場の専用ラボラトリーで開発・生産しています。ダンパーの大きな役目は振動系(特にアーマチュア)が動作した際の動作範囲や動作時の負荷が適正となるように振動系を「支持」することと、不要共振を最小限に抑えて振動系がピックアップした音声信号を正確に保つ「制動」に大別されており、カートリッジのカンチレバー素材や本体の質量などによって最適な硬さや弾力の具合は異なります。

オルトフォンがダンパーの内製化にこだわる理由はここで、数多あるカートリッジのそれぞれに対して適切となるダンパーを開発・生産するには自社内でのノウハウ蓄積と厳密な管理が不可欠です。MC Xシリーズの開発にあたっても、各モデルに最適なダンパーゴムが新規に開発されました。

下の動画は、海老沢先生がカートリッジのダンパーについて解説しているものです。別ページの「カートリッジについて Vol.7 ダンパー編」ともあわせてお目通しください。

Ⅴ.ポールシリンダーとリアヨークを一体化

MC Xシリーズでは磁気回路が新規開発となっていますが、部品点数の低減と磁気回路の高精度化・高効率化に大きく寄与しているのがポールシリンダー(ポールピース)とリアヨークの一体化です。従来のオルトフォン・タイプを含む一般的な磁気回路では、筒状のポールピースと板状のリアヨークは2つの部品に分かれており、組立が必要でした。金属加工技術の向上により一体型パーツの作製が容易となったことや、MC Diamondなどの一部トップエンドモデルで導入した一体型のポールシリンダーとリアヨークが磁気回路の磁束分布均一化に大きな効果をみせたことから、エントリーモデルを含むMC Xシリーズでも同様の機構を採用しました。

Ⅵ.特徴的なシェイプのボディハウジング

フレームと天面が一体成型となったMC Xシリーズでは、磁気回路を含む心臓部を下から覆うタイプのボディハウジングを採用しました。カートリッジ天面側から針先側に向けて狭まってゆく形状は、上位モデルのMC CadenzaシリーズVerismoなどから範を得たもので、先代のMC Qシリーズに比べカートリッジ底面側(針先側)の実効質量を小さく(軽く)することを可能とし、より忠実な音溝のトレースを実現しました。MC Xシリーズのクリアな音色は、この美しいシェイプをもったボディもひとつの構成要素となっています。

ここまでは、MC Xシリーズ4機種全てに共通の仕様を解説しました。MC Xシリーズ各機種の仕様と傾向については、次項「カートリッジについて Vol.29 MC Xシリーズ編Ⅱ」で引き続き紹介を行います。

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