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アナログオーディオ大全

2021.12.06
カートリッジ(MC)

カートリッジについて Vol.12 SPU編Ⅱ

このページでは、「カートリッジについて」のVol.12をお送りします。

本ページは、レコード針(カートリッジ)についての専門的な内容となる、SPU開発メンバーの一人であるロバート・グッドマンセン氏についての記述を中心としています。基礎的な内容の解説ページもございますので、先に「カートリッジについて Vol.1 基礎編」のお目通しをお勧めします。


「ミスター・SPU」、ロバート・グッドマンセン

本項ではSPU開発メンバーのひとりであるロバート・グッドマンセン(Robert Gudmandsen)氏についてご紹介します。LPレコードの登場以前からステレオ化、アナログの黄金時代を経てCD時代に至ってもなお第一線にありつづけたグッドマンセン氏は、まさに現在のオルトフォンの礎を築いたといっても過言ではありません。モノラル時代のMCカートリッジやSPUVMSシリーズWRDの開発にも携わった彼が残した技術は、今なおオルトフォンにとってかけがえのない財産であり続けています。

グッドマンセン氏は、1941(昭和16)年12月6日、21歳でオルトフォンでのキャリアをスタートしました。元々、彼は自身の父と同じ会社で無線技術者として勤務していましたが、オルトフォンの創設者のひとりであるアーノルド・ポールセン(1889-1952)に連れられて前身の会社であるエレクトリカル・フォノフィルムズ・カンパニーA/S(1946年、フォノフィルム・インダストリーA/Sに改称)に入社。彼が最初に手がけたものは、地元のラジオ放送局向けのダイナミックアンプであったといわれています。

そしてコンデンサ型マイクロフォンの開発と製造に携わった後、1945年から翌年にかけての間には当時開発中であったモノラルLPレコード用のカッターヘッドの開発にも深くかかわり、さらにこのカッターヘッドでカットしたLPの音溝をトレースして検聴を行うためのMCカートリッジにも関与しました。

モノラルLPレコードの発売(1948年)と同年に開発されたこれらのモノラルMCカートリッジのうち、Type-C(下の写真)と呼ばれたモデルを原型機としたCG25/65Diシリーズは今なお現行製品であり続けています。

当時、欧州は戦禍からの復興下にあったため、現代のように精密な測定器や開発の前例となるような音響機器は存在しませんでした。そのような状況下であってもグッドマンセン氏をはじめとするオルトフォンの技術陣は様々な試行錯誤を重ね、モノラルLP登場から10年後に控えたステレオの時代に備え、着々と知見を蓄えていきました。

このような技術の蓄積があったからこそ、彼らはステレオLPに対応したMCカートリッジの開発に際しても様々な手法でアプローチすることができました。そしてひとつの方法だけを突き詰めるのではなく、いくつかの試作システムを実際に生産してそれぞれの利点・欠点を認識することで、よりシンプルで完成された機構のカートリッジを生み出そうとしたのです。

こうして1950年代末に誕生したのが、前項でもご紹介したSPUです。下図で示した「オルトフォン・タイプ」磁気回路は、まさに彼ら技術陣がつくりあげた叡智の結晶でもありました。

「オルトフォン・タイプ」の代名詞、SPUの磁気回路図
SPU Classic GE

また、SPUの誕生から約10年が経過した1968年にオルトフォンのデンマーク本社を訪れた海老沢 徹 先生が、若き日のグッドマンセン氏と思われる人物と直に対話した際のエピソードを収録したのが下の公式YouTube動画です。SPUをはじめとするオルトフォンのカートリッジの音色づくりに際し、彼らがどのような基準でそれを行っていたかを窺い知ることができる貴重な証言となりますので、あわせてお目通しください。

開発を主導したグッドマンセン氏いわく、SPUの独特なサウンドはカンチレバー(を含む振動系)を磁気回路に固定するために使用している、1本の非常に細いテンションワイヤーによるところが大きいといいます。アーマチュアの背後にダンパーゴムを配した後、ワイヤーに処理を施すことで再生時の稼働点を常に特定の1ヵ所に集中させています。SPUの豊かな低音は、このような目に見えない部分に施された処理にも支えられています。

グッドマンセン氏はその後、様々なMCカートリッジの設計に携わったあとにVMSシリーズの開発も主導しました。このシリーズはMM型と同様に使用できるもので、1980年代には磁気回路の変更が行われてMM型となり、下図の構造となって現行モデルにも引き継がれています。

そして、グッドマンセン氏はオルトフォンが特許を取得したダンピング・テクノロジーであるWRD(下図)の開発にも深く関わり、特許資料にも名を連ねています。このWRDは現在のオルトフォンのハイエンドモデル全てに採用されており、後にこれを更に進化させたWRADへと繋がっています。こうしたところでも、彼の残した技術的遺産は今なお生き続けています。

また、在職40周年の記念も兼ねてグッドマンセン氏が日本と香港を訪問した際、その功績を称えられて「ミスター・SPU」と呼ばれるようになりました。この称号はグッドマンセン氏の功績を名実ともに揺るぎないものとし、彼の設計したカートリッジのみを愛好するオーディオファンも少なくありませんでした。

グッドマンセン「生涯最高の傑作」、SPU Meister

オルトフォンCEO(当時)ローマン氏とグッドマンセン氏

「ミスター・SPU」と呼ばれたグッドマンセン氏は、1991年にオルトフォン在職50周年を記念してデンマーク女王マルグレーテ2世から文化功労章を授与されました。上の写真はこれを記念して撮影されたもので、左側に立つ人物は当時のオルトフォンのCEOであるエリック・ローマン氏、右側で胸元に勲章を当てられている人物がグッドマンセン氏です。

彼はこの在職50周年を機として、我が子たるSPUへの理解をいま一度深め、これまでの伝統を守りつつもアナログサウンドの更なる高みを目指したいと考えるようになりました。

しかし先述の通り、開発時の試行錯誤の結果SPUの磁気回路は洗練されつくしていたと言っても過言ではなく、これに手を加えて更に良いものを生み出すのは容易なことではありませんでした。SPUを超えられるものはSPUだけであるという重圧を感じつつも、開発者である彼にはその自信がありました。

その理由は、開発当初には存在しなかった非常に強力なネオジウム・マグネットと、当時日本で開発されたばかりの7N(純度99.99999%)超高純度銅線の存在です。この2つのマテリアルを手にしたことで、彼は新時代のSPUに相応しいサウンドイメージを確信しました。マグネットの変更による磁気回路と振動系の見直しには大変な時間と労力がかかりましたが、開発者としての深い知見と飽くなき探求心によってこれを乗り越え、自らが「生涯最高の傑作」と評したシグネチャー・モデル、SPU Meisterを世に送り出したのです。

SPU Meisterは、重厚で艶やかなSPUサウンドというアナログファンの夢に更なる高みがあることを示し、これを具現化させた逸品であるとして大いなる絶賛をもって迎えられ、その人気は今日まで語り継がれています。また、このシグネチャー・モデルであるMeisterはMeister Silver、Spirit、Ethosへと発展を重ね、これら全てのシェル側面には「R. Gudmandsen」のサインがデザインされています。

SPU Meister GE(生産完了)

そしてグッドマンセン氏は一線を退いた後、デンマークの首都コペンハーゲンとオルトフォン本社の所在するナクスコウの間にある町プレストで余生を送り、2012年3月16日に逝去しました。音楽とレコードをこよなく愛した彼は、長きにわたって自身の開発したカートリッジを自宅に持ち帰り、近隣の人々や多くの地元住民がレコードを楽しめるようにしていたといいます。


カートリッジについて Vol.13へ続く

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