本ページでは、レコード針(カートリッジ)を用いて再生する、レコード盤(アナログレコード)の洗浄を行うための超音波式レコードクリーナーについての解説を行います。
最初に超音波式レコードクリーナーについての概要を述べた後、この『アナログオーディオ大全』の他ページや弊社公式Youtubeチャンネルも交えて具体的な内容をお伝えします。
なお、カートリッジそのものについての基礎的な内容の解説ページもございますので、先に「カートリッジについて Vol.1 基礎編」のお目通しをお勧めします。
レコード盤用の超音波クリーナーのお話をする前に、これを含む『超音波洗浄機』全般の特徴について解説してゆきます。
超音波洗浄機は、水を張った入れ物(洗浄槽)の中に洗浄対象物(眼鏡や防水機構を備えた時計、機械部品、レコードなど)を浸け、洗浄槽内の水に超音波を当てたときに発生する細かい泡の破裂エネルギーを利用して対象物表面の汚れなどを除去する機器で(超音波そのもので汚れを落とすわけではありません)、
・超音波信号を生み出す『発振器』
・超音波信号を物理的な振動に変換する『振動子(振動ユニット)』
・洗浄対象物を包摂(包み込む)してその表面に振動を伝える『洗浄水』
の3点を基礎的な要素として備えています。これはレコード盤用の超音波クリーニングマシンに限らず、眼鏡や宝飾品を洗浄するためのものや、産業用の高性能・高出力な超音波洗浄機にも共通するものです。
これらをオーディオ機器に例えると、以下のようにイメージすることができます。
・発振器
オーディオ機器に例えると、プレーヤーとアンプが一体となったレシーバーに該当します。ここで使用周波数と出力(パワー)が決められ、電気信号として送り出されます。
・振動子(振動ユニット)
スピーカー及びそのユニットに該当するもので、発振器から送られてきた電気信号を物理的な振動(超音波)に変換し、洗浄槽に照射します。
・洗浄水
洗浄槽をリスニングルームと考えるなら、洗浄水はその室内の空気です。これが無くては、振動をリスナーの耳に伝えることができません。
上の動画はオルトフォンが扱うエストニア製のレコード盤用超音波クリーニングマシン、Degritter MkⅡの内部に搭載された4基の振動ユニットと、洗浄槽に注がれた洗浄水を模式図として示したものです。ここでは、Degritter MkⅡを超音波クリーナーの例として解説を行います(全てのレコードクリーナーに共通しているものではありません)。
レコード盤面に超音波を最も効率よく照射するため、振動ユニットはレコード盤の表裏に2基ずつ配置されています。そしてレコード盤の洗浄に特化した薄型洗浄槽に満たされた洗浄水が、レコード盤面と洗浄槽の間に介在することで、デリケートなレコードの盤面に触れることなく「非接触」のまま洗浄することが可能となります。これが超音波洗浄機の利点その1です。
2つ目に、超音波洗浄機は発振器や振動ユニットの仕様を変えることで、洗浄対象物に最も適した方法のカスタマイズが可能であることが挙げられます。具体的には、発振器から送り出す出力信号の周波数と出力レベルがそのキーポイントとなっており、以下にその詳細を挙げてゆきます。
超音波洗浄機の出力周波数は、低いもので概ね15kHz~40kHz程度、中程度の周波数は80kHz近辺、120kHz程度からは高い周波数と認識されることが多く、それぞれの周波数帯が得意とする洗浄対象物に対応しています。周波数帯ごとの利用例は以下の通りです。
・低周波数帯(~40kHz程度)
金属、樹脂、陶器などの汚れ落とし、錆び落としなど。油汚れにも有効。
・中周波数帯(~80kHz程度)
低周波では対象物にダメージを与える恐れのある、精密機器部品や光学レンズなどの洗浄
・高周波数帯(120kHz程度~)
極めてデリケートな光学レンズや半導体素材などの洗浄
このように、出力周波数が上がるほど洗浄対象物の表面が受ける衝撃がソフトになり、よりデリケートな製品の洗浄に向いていることがわかります。また、高周波であればあるほど出力される超音波の波形が細かくなるため、洗浄槽内で発生する泡の密度が上がり、洗浄対象物の表面をよりムラ無く洗浄することが可能となります。
しかし、その一方で使用周波数が高いほど衝撃がソフト=洗浄能力が落ちることも事実です。これを補うためには、出力レベルを上げることが肝要となります。
超音波洗浄機の出力レベルを上げることは、先に述べた発振器からの出力信号レベルを上げるということで、いわばスピーカーの再生音量を上げるためにアンプのボリュームを上げたことと同義です。
よって、洗浄時に高周波数帯を使用する超音波洗浄機の場合は出力レベルも大きく設定することで、洗浄能力を維持したまま対象物にダメージを与えることなく洗浄することができます。
先にも述べたとおり、超音波式レコードクリーニングマシンの最大の利点は盤面の洗浄を「非接触」で行うことが可能な点にあります。
一般的に、レコード盤面のクリーニングを行う際はクリーニング用のブラシやクロスで盤面を拭くことが多いものと思われます。これは簡便でこそありますが、盤面に接触させるブラシやクロス、クリーニング用の液体には十分な吟味を行った上でブラシやクロスの使用時には盤面上での力加減が必要であったり、ブラシやクロス、そして盤面上に硬い砂利状のものを巻き込まないよう注意せねばなりません。これに対し、超音波式の場合は洗浄槽内の水を振動させて発生した気泡が破裂する際の衝撃波を盤面に当てるため、水および純正洗浄液以外が盤面に触れることはありません。そういった点でも、超音波を用いたレコードクリーニングは非常に理想的であるといえます。
そしてもうひとつの利点は、静電気の「除電」が可能であることが挙げられます。
塩化ビニルを主原料とするレコード盤には、摩擦などで静電気が帯電しやすい性質があります。これには空気中や室内のホコリを引き寄せやすくなるという二次的な弊害もあり、その解決には盤面を空気よりも導電率の高い水で濡らすことが有効です。超音波でレコード盤を洗浄する際は洗浄槽を必ず水でを満たす必要があるため、洗浄槽にレコード盤を浸けてクリーニングマシンを動作させると(結果的に)先に述べた静電気の放電と盤面のホコリ除去もあわせて行うことができます。
この2点から、レコード盤をクリーニングする際は超音波で洗浄することが望ましいといえます。
ここからは超音波式レコードクリーニングマシンの一例として、エストニアDegritter OÜ社製のDegritter MkⅡの特徴やスペックをご紹介します。
Degritter MkⅡは、内蔵プログラムの制御によってマシンにレコード盤をセットし、洗浄開始ボタンを押すだけで全自動の洗浄→乾燥を可能としています。その上で、下記の追加機能により完璧なレコード盤洗浄を行うことも可能な新時代のクリーニングマシンです。
Degritter MkⅡの機能一覧
①:高性能な発振器の採用により、強力かつ繊細な洗浄が可能
②:レコード盤の状態次第では、連続洗浄を行う設定に変更可能
③:レコード盤の汚れがひどい場合、付属の純正洗浄液を投入可
④:洗浄液を投入した場合を想定し、超音波を用いた攪拌機能を搭載
⑤:室温や盤面の状態に合わせ、ファンの風量や乾燥時間の調整が可能
⑥:ファンから送られる風は、フィルター越しにつき盤面にホコリは付着しない
⑦:レコード洗浄後の洗浄水はフィルターで濾過され、自動でタンクに戻される
⑧:フィルターの使用回数はモニターに表示され、正確な使用回数を把握可能
⑨:洗浄時は、一定回数ごとにフィルターの交換もしくは洗浄推奨表示が出る
⑩:フィルターは容易に交換可能(純正パーツの販売あり)
⑪:洗浄水の温度が一定を超えたときは、センサーが検知し自動冷却を開始
⑫:レコード盤の半径に合わせ、洗浄槽内の水位の微調整が可能
⑬:7インチ・10インチ盤にあわせた洗浄用アダプター(別売)あり
⑭:洗浄水の交換時には、タンクを差し換えることで迅速な作業が可能
⑮:タンクを2個用意すると、洗浄とすすぎを別で行うモードを使用可能
下の動画は、エストニアDegritter OÜ社がDegritter MkⅡの機能紹介を行っている公式動画です。上記内容の一部が示されていますので、あわせてお目通しください。
ⅰ.動作時の水温について
先に述べたとおり、超音波洗浄機は超音波を水中に発射して細かな気泡を生じさせ、これが破裂するエネルギーを洗浄対象物(レコードクリーナーの場合、レコード盤)の表面に当てることで付着しているゴミの除去を行います。この気泡の破裂エネルギーは、弾ける際の強さ次第ではありますが連続の使用によって徐々に洗浄槽の水温を上げてゆきます。これはレコード盤用のクリーナーであっても、眼鏡用のクリーナーでも、また工業用の超音波洗浄機でも変わりません。
そのため、オルトフォンが扱うDegritter MkⅡの場合は洗浄槽内に水温センサーが備えられており、一定水温を超過すると洗浄動作を自動停止して洗浄槽内の水(およびレコード盤)を冷却するプログラムが組まれています。こういったセーフティー機構が組み込まれている機器の場合は問題ありませんが、水温を監視するシステムが存在しない製品の場合は洗浄槽内の水温上昇に注意する必要があります。
レコード盤は塩化ビニルをメインの原料としているため、夏の炎天下などの環境に放置すると変形して反りやうねりを生じさせることがあります。超音波洗浄機の洗浄槽内水温も同程度やそれ以上まで上がる可能性は十分にあるため、水温監視システムのないクリーナーを使用する際は高温でレコードを痛めることのないよう洗浄槽内の温度管理を徹底することを推奨します。
ⅱ.電波法について
超音波洗浄機(レコードクリーナーを含む)には、洗浄槽に放射している超音波の使用周波数や、その出力値は機種によって様々です。
その中でも、超音波の使用周波数が10kHz以上、かつその出力が50Wを超えるもの(旧郵政省および総務省の『型式指定』を受けているものは使用周波数50kHzまで)は、電波法第100条で定められた『高周波利用設備』に該当します。これに該当する超音波式レコードクリーナーは、使用者(条文上は『設置者』)自身が電波法で定められた許可申請・届出を提出して総務省より使用の許可状交付を受けねばならず、無許可での使用は違法(罰則あり)となります(先に述べたDegritter MkⅡは、オルトフォンジャパンの扱う正規品は電波法に則った日本専用仕様。なお最大出力300Wでの使用には許可申請が必要となるが、使用者の希望があれば申請手続を代行)。
なお、先に述べた「50W」は、あくまで『超音波出力の数値』を指しており、超音波洗浄機を動作させた際の『消費電力』は無関係です。許可申請の要・不要を判断する際には使用製品のスペックをよくご確認の上、適切に判断するようにしましょう。