本ページでは、レコード針(カートリッジ)再生に用いるトーンアームについての用語解説を行います。トーンアームの調整方法について重点的に扱っていたり、基礎的な内容について解説したページもございますので、先に「トーンアームの調整方法について」および「トーンアームについて Vol.1 基礎編Ⅰ」のお目通しをお勧めします。
トーンアームに関する用語は、呼称や定義が各社で異なるなど曖昧で複雑な部分も多くあります。本ページでは、トーンアームのプレーヤー取付もしくは調整時に必要となる用語について述べてゆきます。トーンアーム本体についての解説は、前ページ「トーンアームについて Vol.8 用語一覧と解説編Ⅰ」で行っています。
一部で「トーンアームについて Vol.1 基礎編Ⅰ」および「トーンアームについて Vol.2 基礎編Ⅱ」に記した基礎内容の理解が前提となる部分もありますので、本ページの閲覧に先んじてのお目通しを推奨します。
本ページでは、先の「トーンアームについて Vol.2 基礎編Ⅱ」の末尾、「Ⅲ.トーンアーム関連の用語について」で解説した用語一覧に付記を行い、より専門的な内容も併せて紹介します。
上図はオルトフォンのスタティック・バランス型アームAS-212RとAS-309Rを例としながらトーンアームの取付や位置調整時に必要となる用語の位置関係を一覧として示した(記載されている寸法値はAS-212/309Rに固有)もので、各項目にはⅰ~ⅶまでの番号が振られています。この番号の順に、下記に解説を行ってゆきます。
上に挙げた図面は、オルトフォンのAS-212Rの主要部寸法を示したものです。アームの長さが9インチ前後の本製品は、慣習的に「ショートアーム」と呼ばれる一群に分類されます。その名の通り、ショートアームは短いため比較的小型なプレーヤーキャビネットにも取付可能であり、ダストカバー開閉時などに干渉する可能性は低くなります。そしてアームパイプの短さを補うため、その曲げ角度となるオフセット角は大きくなる傾向にあります。またトーンアームの長さが10インチ超~12インチ未満のものは「セミロングアーム」と呼ばれることがあります。
なお、オルトフォンのロングアームにはセンタースピンドル→アーム軸中心(後述)間が212㎜の旧AS/RS/RMG/RMAシリーズと214㎜の新AS/RSシリーズが存在します。
上に挙げた図面は、オルトフォンのAS-309Rの主要部寸法を示したものです。アームの長さが12インチ前後の本製品は、慣習的に「ロングアーム」と呼ばれる一群に分類されます。長時間再生用の直径40cm盤に対応するために誕生したといわれるこのアームは、ショートアームに比べると大型のプレーヤーキャビネットや設置スペースを必要とします。そしてアームパイプが長大なため、オフセット角はショートアームに比べ小さくなる傾向にあります。
なお、オルトフォンのロングアームにはセンタースピンドル→アーム軸中心(後述)間が309㎜の旧AS/RS/RMG/RMAシリーズと311㎜の新AS/RS/RSGシリーズ、更にここが297㎜であるRF-297が併せて存在します。
レコードプレーヤーの円盤部分(プラッター)中心にはレコード盤中心に開けられた穴を挿すための軸が立っており、これを「センタースピンドル」と呼びます。
センタースピンドルはレコード盤を挿す用途以外に、トーンアームやカートリッジ取付時の位置決めを行う際の基準点にもなっています。オーバーハングの設定時や、アーム軸中心位置の割り出しの際にはこのセンタースピンドルが基点となります。
カートリッジをヘッドシェルに取り付ける際やオーバーハング、ヌルポイント(後述)調整時に重要となるのが、この「スタイラスポイント」です。スタイラスポイントは日本語では針先位置と表記される場合もあり、厳密に位置を定義するとカートリッジのカンチレバー先端ではなく、上の写真で示しているようにスタイラスチップとレコード盤が接触しているポイントを指します。
先に述べた「ⅲ.センタースピンドル」→「ⅳ.スタイラスポイント」間を指して、(トーンアームの)オーバーハングと呼称します。一般的なトーンアームのオーバーハングは(基本的に)15㎜前後ですが、オルトフォンのAS-212R(18㎜、上図)/309R(12.5㎜、下図)のように、同一メーカーの製品でも機種やショート/ロングの違いでオーバーハングの値が異なることがありますので確認が必要です。そして、このオーバーハングはトーンアーム(もしくはトーンアームが取り付けられたレコードプレーヤー)に対して定められたスペック値のため、カートリッジ交換によって数値が変わることはありません。
個々のトーンアームで定められたスペックに則ったオーバーハング値を極端に逸脱すると、レコード盤の音溝とスタイラスチップが接触する角度が変わってしまい再生音に影響が出る恐れもあります。病的なまでの高精度を求める必要はありませんが、ある程度は合わせるように意識しましょう。なお、オルトフォンのAS-212/309Rに付属しているトーンアームゲージでは、実際にスタイラスが動作する軌跡に合わせてオーバーハングを緩やかな円弧状に示しています。下の写真のように、この円弧線上にスタイラスポイントが位置しているかをチェックすることでオーバーハング位置の確認を行うことができます。
なお、トーンアームによってはスタイラスポイント→シェル後端間の寸法値をスペックで定めているものがあります。これは多くの場合、(下図で示しているように)スタイラスポイントの位置が構造上固定されていて位置調整が不可能なカートリッジに対応したもので、使用カートリッジの寸法をこの値に統一することで(事実上)個々のオーバーハング調整を不要としています。そして下図ではカートリッジのスタイラスポイント→シェル後端間の寸法を52㎜と定めていますが、先にも述べたとおりこれは本来の意味の「オーバーハング」ではありません。
「アーム軸中心」は、トーンアームをアームベースに固定するためのシャフト中心位置を指しています。多くのトーンアームでは、先に述べた「ⅲ.センタースピンドル」の中心とアーム軸中心との間隔でセッティング位置の割り出しを行っており、位置決め用のゲージが付属品となっています。ここの間隔がトーンアームのスペック値通りでない場合、オーバーハングや(後述の)ヌルポイントを適正位置で合わせることが出来なくなります。
カッターヘッドがレコード盤に音溝を刻んだ際のカッティング角度をゼロとした場合、(リニアトラッキング方式を除く)一般的なトーンアームに付けられたカートリッジで音溝を再生するとスタイラスポイントは円弧状に内周へ軌跡を描きながら動作するため、音溝のカッティング角度に対して水平(左右)方向に微細な角度の誤差が発生します。これを水平トラッキングエラーと呼びます。ただ、多くのトーンアームではこの水平トラッキングエラー角が理論上ゼロになるポイントがあり、これをヌル(独語null、ゼロの意)ポイントと呼称します。また、英語読みでゼロポイントと呼称する場合もあります。
オルトフォンのAS-212/309RはIEC推奨のBaerwald alignmentに準拠しており、ヌルポイントはセンタースピンドル中心から半径66㎜と120.9㎜の位置にあります。有名な英SME社のゲージもおおむねこの値に準拠していますが、多くの日本製トーンアームではこのBaerwald alignmentで推奨された数値とは異なる位置に各社独自のヌルポイントを設定している(と思われる、また非公表の場合も多い)ため、全てのトーンアームにおいて半径66㎜と120.9㎜の位置がヌルポイントであるとは限りません。