このページでは、「カートリッジについて」のVol.30をお送りします。
本ページは、レコード針(カートリッジ)についての専門的な内容となる、オルトフォンのDJ用カートリッジConcorde MkⅡ Eliteについての説明を中心としています。基礎的な内容の解説ページもございますので、先に「カートリッジについて Vol.1 基礎編」および「カートリッジについて Vol.18 DJカートリッジ編Ⅱ」のお目通しをお勧めします。
『アナログオーディオ大全』のうちオルトフォンのDJカートリッジについてご紹介する「DJカートリッジ編」では、ここまでにConcorde MkⅡシリーズやOMシリーズ、VNLについてご紹介してきました。本ページでは、これの続編としてConcorde MkⅡシリーズの最上位モデルであるConcorde MkⅡ Eliteについての解説を行います。
上の動画は、オルトフォンのデンマーク本社によって作成されたConcorde MkⅡ Eliteを紹介するPVです。本ページでは、この動画で紹介されている内容を軸として解説を行いますので、先にお目通しされることをお勧めします。

Concorde MkⅡ EliteはオルトフォンDJモデルのフラッグシップに相応しいものとすべく本機専用のパーツが設計されたり、DJ用カートリッジとしては初となる仕様が盛り込まれました。その一覧が、下記に挙げた5つの特徴です。
Ⅰ.DJ用Concordeで初、無垢ダイアモンド針を採用
Ⅱ.Hi-Fi用カートリッジと同一形状の楕円針を採用
Ⅲ.Elite専用のアルミ・マグネシウム合金カンチレバー
Ⅳ.専用カンチレバーにあわせて開発されたダンパーゴム
Ⅴ.出力電圧8.5mV、ハイパワーでクリアな音色
この特徴それぞれについて、下記に解説してゆきます。
Concorde MkⅡ Elite最大の特徴は、数多ある歴代DJ用Concordeの中で初めて、スタイラスチップに無垢のダイアモンド針を使用したことが挙げられます。
DJ用のカートリッジは、(使用状況次第ではありますが)ハードなスクラッチやバックキューイングを多用するプレイを行う場合は極めて消耗が速く、交換針(スタイラス)を挿し替える針先交換が必要となるため、ランニングコストが強く意識されます。そのため、ほぼ全てのDJ用カートリッジは接合針と呼ばれる構造のスタイラスチップを用いています。

上図はスタイラスチップ全体をダイアモンドとした無垢針と、スタイラス先端のみがダイアモンドの接合針の構造を示したものです。
接合針は、先端部分だけをダイアモンドチップとし、根元部分(シャンク)は金属(古くは鉄、近年はチタンなどが主流)を用いて製造コストを下げています。先端のチップと根元部分のシャンクを接合した構造となっていることから、この名前が付けられました。
下の動画は「接合針」という言葉の名付け親であり、アナログ研究の第一人者である海老沢 徹 先生が、接合型スタイラスチップとその規格を決めた時のエピソードをお話されているものです。こちらもあわせてお目通しください。
しかし、Concorde MkⅡ EliteはオルトフォンDJのフラッグシップとなるべく、無垢のダイアモンド針を初めて採用しました。(接合針に対する)無垢針の技術的な利点は大きく分けて2つあります。これについて、以下に解説してゆきます。
①:ピックアップした音声信号の伝達スピードが遅くならない
先に述べたとおり、接合針は先端部分だけがダイアモンドです。そのため、先端部分で盤面の凹凸をなぞる(トレースする)ことで生じた振動は、一旦チタンのシャンク(根元部分)を通ってからカンチレバーに至ります。
振動(=音声信号)の伝達速度は各素材によって異なりますが、その中でチタンは決して遅いというわけではありません。しかし、ダイアモンドの伝達速度は地球上の全物質の中でトップです。根元までが全てダイアモンドである無垢針と接合針の音色を比較すると、無垢針の方がシャープでクリア、かつ立ち上がりが速く聴こえる傾向にあるのは、この構造に起因するところがあります。
②:軽量につき、針先の動作感度が向上する
上で述べた伝達スピードに加え、無垢針の利点はその「軽さ」も挙げられます。(ダイアモンドよりも比重のある)金属製のシャンクをもつ接合針に比べ、全てがダイアモンドである無垢針はその分軽量となります。これは針先が動作する際の質量を小さくする(軽くする)ことを可能とするため、その感度を上げることに繋がります。
針先の動作感度が上がると、レコード盤の音溝に刻まれた凹凸をより正確にピックアップすることが可能となり、聴感上では(特に)高音域の伸びも良くなる傾向があります。
ここに記していることは、カートリッジのスタイラスチップを接合針から無垢針にアップグレードするとHi-Fi、DJ用途を問わず普遍的に発生します。そのため、一般的なレコード再生用の2M Red(接合楕円針)の針先を、無垢楕円針のBlueに挿し換えた場合でも共通です。EliteはオルトフォンのDJ用カートリッジで初めて、この領域のサウンドクオリティを得たモデルとなりました。
Eliteのスタイラスチップが無垢針であることは先に述べましたが、これはチップの構造についてのお話です。ここからは、チップの形状についての解説を行います。

Eliteのチップは、オルトフォンのDJカートリッジ史上で初めてHi-Fi用カートリッジと同一形状の楕円(Elliptical)針を採用しました。この無垢ダイアモンド楕円針は、音色の良さからオルトフォンのHi-Fi用カートリッジでは2M BlueやConcorde Music Blue、MC X20、SPU Classic GE MkⅡやSPU Synergyなどに幅広く用いられています。
楕円針の特徴としては、丸針に比べると音溝との接触面が薄い(曲率半径が小さい)ため、音溝表面に刻まれた凹凸を正確かつ細かく読み取ることができます。そのため、丸針の使用時に発生しうる「位相ひずみ」や「ピンチ効果ひずみ」を少なく抑えることが可能となります。
下の動画は、アナログ研究の第一人者である海老沢 徹 先生が、位相ひずみとピンチ効果ひずみについてアニメーションを交えた解説を行っているものです。こちらもあわせてお目通しください。
ちなみに、オルトフォンの歴代DJ用カートリッジでは旧Concorde DJやNight Clubシリーズ、Goldなど、また現行モデルではConcorde MkⅡ Clubで、DJ用途に対応した特殊な形状の楕円針を用いています。これはHi-Fi用の楕円針に厚みをもたせた(曲率半径が大きい)形状をしており、音溝の凹凸の奥までスタイラスチップの側面が入らないようにしています。
音溝の凹凸を正確にトレースするためには、スタイラスチップ側面を薄く、もしくは鋭角にして凹凸の深部を読み取れるようにする必要があります。オルトフォンも、高性能なHi-Fi用モデルではこれを意図してファインラインやシバタ、レプリカント100などのチップを用いています。
しかし、用途の上でハードなスクラッチやバックキューイングなどが想定されるDJ用カートリッジでは、凹凸の深部を読み取れる=凹凸への喰い付きが良い高性能なチップを使用することはできません。こういったチップでスクラッチやバックキューイングを行うと、(凹凸に喰い付くことができるが故に)チップが取り付けられたカンチレバーに多大な負荷がかかります。一般的なアルミカンチレバーはこれに耐えられる強度をもたないため、カンチレバー先端の破断や折損を招く恐れがあります。

余談ですが、多くの放送局用カートリッジやDJ用カートリッジに丸針が用いられているのはこれを理由としています。丸針は特殊楕円針よりも更に凹凸への喰い付きが軽いため、スクラッチやバックキューイングを多用してもカンチレバーにかかる負荷を最小限とすることができます。
先に述べた「DJ用の厚みをもたせた特殊楕円針」は、丸針の軽い喰い付きと楕円針の読み取り性能を両立させるために開発されました。チップ側面に厚みがあることで音溝の凹凸への喰い付きが軽減され、スクラッチやバックキューイングを行った際のカンチレバーへの負荷を小さくすると同時に、丸針では避けられない位相ひずみとピンチ効果ひずみもあわせて減らすことに成功しています。
オルトフォンのDJ用カートリッジのフラッグシップであるEliteでは、この特殊楕円針を使用したモデルを超えるべく、ある挑戦によってHi-Fi用と同じ楕円針のチップを使用することを可能としました。その方法を以下に解説してゆきます。

先に述べたとおり、DJ用の特殊形状を備えた楕円針ではなく、Hi-Fi用の楕円針をDJ用として使用した場合は、ハードなDJプレイ時にカンチレバー側に大きな負荷がかかることが予想されます。
そのため、オルトフォンはElite専用に新たなカンチレバーを開発しました。その素材には強度に優れたアルミ・マグネシウム合金を採用し、無垢楕円針にかかる負荷への耐久性を確保しました。また、カンチレバーの素材が変わることで再生時の音色も本機特有の明瞭さをもつようになりました。Eliteのクリアな音色は、この専用カンチレバーがもつ響きの賜物でもあります。

新規開発のElite専用カンチレバーには、同じく専用の特性を備えたダンパーゴムが必要となります。そのため、オルトフォンはこのカンチレバーの特性を最大限に活かすことが可能な、高性能なダンパーゴムを開発しました。これはConcorde MKⅡシリーズのものをベースとしていますが、Elite専用アルミ・マグネシウムカンチレバーを最も適切に支持し、制動させることが可能な配合比となっています。
高性能なカンチレバーには、専用のダンパーゴムを。カートリッジの生命線であるダンパーに、オルトフォンはこだわります。
オルトフォンのDJカートリッジのフラッグシップであるEliteは、磁気回路も専用のものを新規に開発しました。パワー感とメリハリを備えつつも、適切な音量で高性能なマテリアルの素質を最大限に活かすことを目指し、出力電圧はConcorde MkⅡ Clubよりも高い8.5mVに定めています。これにより、高出力を飽和させずに極めてクリアかつ明瞭なサウンドを実現しました。