本ページでは、レコード針(カートリッジ)再生に用いるヘッドシェルの素材や質量についての解説を行います。カートリッジをヘッドシェルに取り付ける方法や取付ネジについて解説したページもございますので、先に「レコード針のヘッドシェル取付方法について」および「カートリッジのヘッドシェル取付用ネジについて」のお目通しをお勧めします。
ヘッドシェルに用いられる素材は、磁石に反応しない非磁性体の金属・樹脂もしくは木材・石材やガラスおよびセラミックなどに大別されます。
これらの素材は、それぞれが特有の響きの癖をもっているため使い分けることでカートリッジの音色に一定のキャラクターをもたせることができます。
その一方で、ヘッドシェルがもつ固有の癖を抑えることを目指して設計されたヘッドシェルもあります。その場合は単一素材ではなく、いくつかの材料を組み合わせた複合素材で構成されているものが多い傾向にあります。
なお、アルミニウム合金は一般的な原材料の中では(他素材と比べて)相対的に固有の癖が少なく、加工方法も多岐にわたるためヘッドシェルの素材として多用される傾向にあります。そのため、本ページではアルミニウム合金のみ加工方法の区分も表記した上で、各素材の特徴と音色の傾向についてを以下に述べてゆきます。
※下記の素材ごとの音色の傾向は、あくまで一般論として示しています。特殊な加工を施された製品には当てはまらない場合もありますので、その際は当該製品の製造メーカー様にお問い合わせ下さい。
この方法は、金型がセットされたプレス機で金属板に強い力をかけてカット、もしくは変形(曲げなど)させることで加工するやり方です。比較的薄めの金属板を高精度に加工できるため、プレス加工によって生産されたヘッドシェルは(結果的に)軽量となる傾向にあり、概ね自重10g以下のものが多数を占めます。
ヘッドシェルが軽量であるため、軽針圧・軽質量カートリッジ(多くの場合はMM型カートリッジ、カートリッジ自重10g程度まで)およびそれらの使用を想定した対応自重の範囲が20g程度までのトーンアームとの相性は良好です。そして後述の切削加工タイプのシェルに比べると音の重心位置は高く、高音域に音が寄る傾向にあります。
なお、同じく金型を用いた加工方法としては、溶融した金属素材を金型に流し込んで成型するダイカスト(ダイキャスト)が挙げられます。この方法を用いて製造されたヘッドシェルもポピュラーな存在であり、プレス加工のヘッドシェルと似た傾向をもちます。
先に述べたプレス加工とは異なり、金属素材のブロックなどを工作機械で切削して加工するタイプのヘッドシェルもあります。この方式はプレス加工以上に高精度な部品の作成が可能ではありますが、量産効率が落ちるため高価となりがちです。そしてヘッドシェルの厚さを自由に決められるため、重く頑丈なものが多い傾向にあります。そのため、プレス加工のものに比べ音の重心が低く、重量感のあるサウンドとなる傾向にあります。
また、特に重く頑丈なタイプの切削ヘッドシェルは、カートリッジ自重が10gを超え、針圧も2gを超える(どちらかと言えば)重質量・重針圧なカートリッジや、対応自重が20g以上のトーンアームとの相性が良い傾向にあります。そして軽質量・軽針圧なカートリッジを使用する場合であっても、音の重心を低くもたせるために敢えて質量のある切削ヘッドシェルを用いるというテクニックもあります。
オルトフォンの現行ヘッドシェルでは、LH-2000、LH-4000、LH-6000、LH-9000がこれに該当します。
アルミニウムに亜鉛を混合させた合金は、一般的なアルミ二ウム合金に比べると強度に優れます。そのためアルミニウムのヘッドシェルよりも薄くすることができ、(結果として)同程度の強度をもたせながら軽くすることも可能です。
さらに組成次第では、このアルミニウム・亜鉛合金素材は振動の減衰能力をもちます。素材特有の色付けも極めて少ないため、ヘッドシェルで音づくりをするのではなく、カートリッジとレコード盤が本来持っている音色をそのままに現出させたい場合は、この素材は極めて理想的といえます。
オルトフォンの現行ヘッドシェルでは、LH-10000がこれに該当しています(中心に埋め込まれた白色のTPEダンパーについては後述)。
金属粉末をレーザーで溶融して立体的に成型してゆくSLM(Selective Laser Melting、セレクティブ・レーザー・メルティング)は、アルミ二ウムのみならずステンレスやチタンなどの難削材も扱うことが可能な加工方法です。切削加工では作成が不可能、もしくは困難な形状であっても自在にレーザーで溶融して3D成型を行うことが可能なため、ヘッドシェルを音響上最適な形状や厚みとすることができ、ネジの取付穴も一体成型することが可能なほどです。
オルトフォンはこの技術を積極的に活用し、上位モデルのカートリッジのハウジングにチタンを用いたり、MC Xpressonのヘッドシェル部分にはステンレスを用いる(後述)などしています。創立100周年記念モデルとして発表したThe SPU Century(生産完了)では、長い歴史をもつSPUシリーズで初めてアルミニウムをSLMで成型し、ボトムカバーを切削加工のスタビライズド・ウッド(後述)とした複合素材のGシェルを作成しました。
軽量かつ制震性能に優れたカーボンファイバーも、ヘッドシェルの素材としては極めて理想的です。オルトフォンではLH-9000ヘッドシェル裏面のカートリッジ天面と触れ合う部分にカーボン板を取り付け、複合素材とすることで一般的なヘッドシェルよりも強力に不要共振をシャットアウトしています。
アルミニウムに比べ比重の大きな真鍮は、黄銅とも呼ばれる銅と亜鉛の合金です。導電性が高く、銅やアルミニウムよりも摩耗しづらいため端子部分の導体に多用されますが、ヘッドシェルに使用するには比重が大きく(重く)、また特有の音色をもつため真鍮素材そのものを主材料としたヘッドシェルが生産されることは稀です。しかし、その質量を活かして複合素材のヘッドシェルではウェイトや台座などで部分的に用いられることがあります。
上の写真は、ブナ材を切削して漆塗りを施したAタイプ・ヘッドシェルを用いていたSPU Wood A(生産完了)の底面を示したものです。Aシェル底面の開口部からはSPU Aタイプのユニットが確認でき、その奥には切削加工された金色の真鍮製台座がユニットと木製シェルの間に挟まっています。
この真鍮製台座の質量があることでAタイプヘッドシェルは安定したトレースを可能とし、さらに共振を抑えることで引き締まったサウンドを持ち味としています。
ステンレスもまた、真鍮とほぼ同程度の比重を持つためアルミニウムに比べると質量が大きく(重く)制震効果にも優れた素材です。一般的な金属に比べるとプレスや切削などの加工が難しい難削材に分類されており、オルトフォンではこれを先のⅣで述べたSLMによる加工で成型し、MC Xpressionのカートリッジ一体型シェルに採用しています。剛性に優れ、比重の大きい(重い)ステンレスは、再生音の解像度と重厚感に優れます。
樹脂素材は、古くから積極的にシェル素材として使用されてきた素材です。オルトフォンもアナログレコードの黎明期からこれを採用しており、現行製品ではSPUシリーズが当時の趣を最も強く残しています。SPUシリーズのヘッドシェルには、古くはゴム系素材のエボナイトなども使用されていましたが一旦金属素材に変更され、現在では木粉と樹脂の混合材料に変更されています。SPUシリーズの独特な音色は、この素材のヘッドシェルに負うところ大です。
また、軽質量なカートリッジやヘッドシェルの外殻(ハウジング)部分を作成する場合、ほとんどの金属よりも比重が小さく(軽く)、素材に共振の癖が少ない樹脂素材は極めて理想的なマテリアルです。オルトフォンの製品で最もこの恩恵にあずかっているのは、カートリッジ本体とヘッドシェルを樹脂ハウジングで一体型としたConcordeシリーズです。ハウジングの形状や厚さなどが極めて自由に成型可能で、かつ軽量な樹脂素材を錐状(カートリッジ後端から先端に向けて細くなる)に成型することで、カートリッジとヘッドシェルの質量を後端側に集中させ、カートリッジ先端側のトレース能力向上を狙っています。
樹種や加工方法にもよりますが、無垢の木材がもつ楽器のような響きには多くの根強いファンが存在します。オルトフォンは2003年に、これまで樹脂や合金などで作製されていたSPUのGタイプヘッドシェルを無垢ブナ削り出し材の漆塗りとした創立85周年記念モデルSPU 85 Anniversaryを発表しました。ブナ材の表面に漆塗りという一種のコーティングを施すことは、外観に美しい光沢をもたらすことはもちろん、音色への影響からみても絶大な効果をもっています。
SPU 85 Anniversaryがもたらした反響は絶大であったため、オルトフォンは新たに漆塗りのヘッドシェルを開発しました。これがLH-8000(生産完了)です。無垢メープル材を切削加工して表面を漆塗りとしたこのヘッドシェルは、木材独特の質感と適度に硬質な漆が合わさった音色の妙味により、根強い人気を誇りました。
2017年には、SPU 85 AnniversaryのGシェルと同一コンセプトのヘッドシェルを用いたSPU Wood Aも発表されました。先のⅥで述べた真鍮の土台を内部に備えたAシェルは、Gシェルとは一味異なる芯の強さと重厚感をもたらしました。
そして2018年のオルトフォン創立100周年にあたってはThe SPU Centuryのボトムカバーには、スタビライズド・ウッドと呼ばれる特殊な樹脂を含侵させた無垢材を採用しました。この時も、程よく質量があって軽すぎないという理由からブナ材が選ばれています。このボトムカバーは、オルトフォンのデンマーク本社工場に備えられたコンピューター制御の全自動CNCマシンによって作製されました。下の動画では、その様子を実際に見ることができます。
TPE(Thermo Plastic Elastomer、サーモ・プラスティック・エラストマー)は、ゴムに似たエラストマー素材です。この素材は共振の減衰能力に優れるため、金属製ヘッドシェルに複合素材として用いると高い能力を発揮します。
また、金属素材が持つ固有の付帯音に対しても極めて高い減衰効果を発揮します。オルトフォンのLH-10000ヘッドシェルでは、先に紹介したアルミニウム・亜鉛合金のヘッドシェル本体中央にこのTPEをダンパーとして挿入することで「剛」・「柔」両面からの制振にアプローチしています。
ヘッドシェルについて Vol.3 質量編に続く(工事中)