本ページでは、レコード針(カートリッジ)を用いて再生する、レコード盤(アナログレコード)についての解説を前ページに引き続いて行います。
今回はレコード盤の中でも最もポピュラーなLPレコードについての概要を述べた後に、この『アナログオーディオ大全』の他ページや弊社公式Youtubeチャンネルも交えて具体的な内容をお伝えします。
なお、カートリッジそのものについての基礎的な内容の解説ページもございますので、先に「カートリッジについて Vol.1 基礎編」のお目通しをお勧めします。
レコード盤の種類や素材、収録時間などの概要については前ページで述べたとおりですので、本ページでは『LPレコード』についての解説を行います。
LPレコードは、様々な規格やサイズの存在するレコード盤のうち『直径12インチ(約30㎝)』かつ『33 1/3回転』のものを指して呼称します。一般に流通しているレコード盤の中では最も長時間の再生が可能で(片面約30分)、『LP』の名も(Long Play)の頭文字から取られています。現在プレスされているレコード盤の中では最もスタンダードな規格で、レコードと言われて多くの方が想像するのはこのLP盤でしょう。
LPが実用化され、初めて販売されたのは1948年ですが、当時はステレオレコードが実用化されておらずモノラル盤のみでした。約10年後にステレオレコードが実用化され普及するまでの間は、同時期がそのままモダン・ジャズの黄金期であったことも相まって様々な名盤が生まれています。
この頃のオルトフォンは、モノラルLPの実用化以前からその原盤となるラッカー盤をカッティングするためのカッターヘッドの開発を行っていました。後に『ミスター・SPU』と称されるロバート・グッドマンセン氏もこれに携わり、LP実用化と同じ年の1948年に高性能なカッターヘッドの開発に成功しました。
続いてこれを不足なく再生可能なカートリッジも新たに設計、Type-C(上図参照)と称されたこのカートリッジはレコード会社でカッティングされたモノラルLPの検聴用に用いられ、現在でもCG25Di MkⅡとしてその命脈を繋いでいます。
このように、1948年には既にカッターヘッドと検聴用カートリッジを開発していたオルトフォンにとって、LPレコードは共に歩み、進歩を続けてきた車の両輪のような存在です。
これは10年後に1958年にステレオLPレコードが実用化された際も同様で、レコード盤をカッティングするためのステレオカッターヘッド(下の写真)をこれに合わせて開発しています。
また、『Stereo Pick Up』の頭文字を冠したSPUシリーズの誕生もこの時期です。製作側と再生側の双方からLPレコードの興隆・普及を支えてきたオルトフォンとしましては、昨今再びLPを含むレコード盤に注目が集まっていることを心から喜ばしく思います。
LPレコードの素材は、塩化ビニルを主体とする合成樹脂で構成されています。これはシェラックでできたSP盤を除くほとんどのレコード盤に共通しており、これらが『Vinyl(ヴァイナル)』と総称されるのもこれに由来します。
SP盤が強い衝撃や落下などによって割れてしまうのに対し、LP盤は表面に傷が付くなどのダメージは受けつつも割れてしまうことはありません。ただし熱には弱く、炎天下や高温下の環境に放置すると盤面の反りなどが発生しやすくなる傾向にあります。
また下の動画は、本邦におけるアナログ研究の第一人者である海老沢 徹 先生が、レコード盤の素材に塩化ビニルを使用する理由について述べているものです。LPレコード誕生に至るまでの経緯などについてもお話されておりますので、併せてご参照ください。
LPを含むレコード盤は、一部の特別な企画品などを除いてほぼ全ての盤が黒色です。これはレコード盤の原材料にカーボン(炭素)が混合されているためで、素材の強度や硬さを上げることや傷・ホコリの視認を容易とする目的があります。
また、レコード盤の素材として混合される材料はレコード会社ごとに比率が異なり、各社ごとに独特の音色が生まれた理由ともなりました。これらの経緯や詳細につきましては、下に示した海老沢先生の解説動画も併せてご参照ください。
現代の一般的なステレオLPレコード(上図左)は、V字状の音溝左右表面に別々の信号を刻むことで2チャンネルを同時に記録し、またこれに対応したカートリッジで再生することが可能となっています。モノラル信号がカッターヘッドを左右(横)方向に振動させて音溝を刻んでいるのに対し、ステレオ信号を扱うカッターヘッドは縦方向の動作も可能となっています。
ステレオレコードの開発当初は、主に欧州のレコード会社は英国DECCA、独TELEFUNKENなどを中心に『V-L(Vertical-level、垂直-水平の意)方式』を採用していました。これは既存の横振動(L+Rの和信号、モノラル)の音溝に上下方向の縦振動(L-RおよびR-Lの差信号、左右チャンネルそれぞれの音声信号成分)を加えてマトリックス回路を通し、ステレオ信号としての再生を可能とすることを目指したもので、横振動のみとなる既存のモノラル再生機器との親和性も考慮されていました。
しかし、米国Westrexは底角90度、つまり左右45度ずつに振られたV字状音溝の左右表面に独立した縦振動の凹凸(上図左の音溝を参照)を付け、ピックアップ・カートリッジのスタイラスが読み取った信号を直接フォノイコライザーに伝達させる方式を開発しました。これを『45-45方式』と呼び、英DECCAの推すV-L方式との比較の結果RIAA(Recording Industry Association of America、アメリカレコード協会/全米レコード協会)がWestrexの45-45方式を採用したことで大勢が決定、世界のレコード録音方式のスタンダードとなりました。
その結果、ステレオ録音草創期にプレスされた英DECCAレーベルなどの一部盤を除き、現代に至るまでステレオレコードの録音方法は45-45方式で行われています。また、45-45方式でカッティングされたレコード盤とV-L方式でカッティングされた音溝には互換性があるため、V-L方式のレコードを45-45方式のオーディオシステムで再生しても支障はありません。
これらの経緯や45-45方式の詳細につきましては、下に示した海老沢先生の解説動画も併せてご参照ください。
なお北欧デンマークに在するオルトフォンは、他の欧州勢に倣い当初はV-L方式に則ったステレオカッターヘッドを開発していました。そのため先述のWestrexなどの米国製や、SX-68以降の独NEUMANN製カッターヘッドのようにドライブコイルを45度としてX字方向に動作する山型(逆V字)形状ではなく、上下・左右の十字方向の動作を意識した振動系を備えています。
そして上図はオルトフォンType DSS 731/732カッターヘッドの内部構造を模式図として示したものです。 左右チャンネルの振動系ドライブ用コイルを直立させ、その先端同士をロッキング・ブリッジで繋いでいるT字型の機構は、本シリーズが当初V-L方式のステレオカッターヘッドとして開発されていたことの名残といえます。
この構造はそのまま45度方向でのカッティングも可能であったため、DSSシリーズは様々なカッティングルームで活躍し、レコード盤製作の現場を支えていました。
レコード盤の表面を凝視すると、細かな筋が無数に刻まれた部分と空白のように見える部分が混在しています。
細かな筋が刻まれている部分には、音声信号(楽曲)が収録されています。ここにゴミが付着したり、表面に傷が付いたりすると再生時に音が途切れたり、何度も同じ箇所を繰り返し再生してしまうようになる場合があります。
そして、色の濃い箇所は音声信号が入っていない無音部分です。長時間再生が可能なLP盤では色の濃い部分が木の年輪のように筋を形成して見える場合がありますが、ここを狙って針を下ろすことでレコードの曲間からの再生が可能となります。この場合、最外周から1本目の筋は2曲目の頭、2本目の筋は3曲目の頭となります。